麦の ほ
グリム ヤーコプ・ルートヴィッヒ・カール
グリム ヴィルヘルム・カール
矢崎 源九郎 訳
むかし むかし、神さまが、まだ じぶんで、この世の中を、あるきまわっていらっしゃったころの おはなしです。
そのころは、こくもつが、今よりも ずっとずっと よく みのりました。麦のほも、五十や六十 ばかりではありません。四百も五百も ついていました。なにしろ、くきには、麦のつぶが、上から下まで びっしり ついていたのです。くきが ながければながいほど、それだけ、麦のほも ながかったのです。
ところが、人間というものは、あんまり ものがたくさんあると、神さまが おめぐみをくださることも、つい わすれてしまいます。ありがたいとも おもわなくなって、いいかげんな かるはずみなことをしてしまいます。
ある日のことです。女の人が、子どもをつれて、麦ばたけのそばを とおりかかりました。子どもは、とんだり はねたりしていましたが、そのうちに、水たまりにおちて、ふくをよごしてしまいました。
すると、お母さんは、よく みのっている うつくしい麦のほを、ひとつかみ むしりとって、それで、子どものふくをふいてやりました。
ちょうど、神さまが、そこをとおりかかりました。このようすをごらんになると、
「これからは、もう、麦のくきには、ほがつかないようにしてやろう。人間どもは、もうこれからさき、天のおくりものを もらうねうちがない。」
と、おっしゃいました。
まわりで、これをきいていた人たちは、びっくりしました。あわてて、ひざをついて、
「どうか、いくらかでも、麦のくきに、ほをのこしておいてくださいませ。
人間どもは、そうしていただく ねうちはないかもしれませんが、せめて、つみのないにわとりたちのために、おねがいします。さもないと、にわとりたちは、おなかをすかして 死んでしまいますから。」
と、おねがいしました。
神さまは、人間たちが、今に くるしむようになるのを かんがえて、かわいそうにおもいました。そこで、人間たちのねがいを おききいれになりました。
そんなわけで、麦のほは、今のように、くきの上のほうにだけ のこっているのです。
青空文庫の奥付
底本:「グリムの昔話(1)野の道編」童話館出版
2000(平成12)年10月20日第1刷発行
2014(平成26)年8月20日第14刷発行
底本の親本:「グリム童話全集 9 いばらひめ」実業之日本社
1964(昭和39)年
※表題は底本では、「麦の ほ」となっています。
入力:sogo
校正:木下聡
2024年1月27日作成
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