むかしむかし、ミーオー(メイヨー)県とロスコモン県のあいだを流れる川のほとりに、身分の高い人たちがおおぜいやって来て、住むのにいい場所を川岸にさがして、そこに御殿を建てた。この人たちがどこから来たのか、まわりのちいさな村ではだれも知らなかった。マクドネルというのが、その一族の名前だった。長いあいだ、近くの村の人たちは御殿とつきあいがなかったが、あるとき病気がはやって、なん百人という人が死んだ。
夫をなくした貧しい女の、たったひとりの息子が、このおそろしい病で死にそうになったが、舌をしめらすミルクのひとしずくさえなかった。女が御殿へ行くと、御殿の人たちはなにが欲しいのかとたずねた。たったひとりの息子が病で死にかけているのに、舌をしめらすミルクのひとしずくさえないのだと女は話した。
「おつらいことですね」と御殿の貴婦人が言った。「ミルクと病を治すものをあげましょう。一時間で息子さんはすっかりよくなりますよ」それからブリキの缶をわたしてこう言った。「家にお帰りなさい。ここでもらったことをだれにも言わず、秘密にしておくかぎり、あなたと息子さんが生きているあいだ、この缶がからになることはありません。家に帰ったら、マリアさまのクローバーの葉をひとひらミルクに入れて、息子さんに飲ませなさい」
女は家に帰った。四つ葉のクローバーをミルクに入れて息子に飲ませると、一時間たつころには、すっかりよくなって起きあがった。それから女は缶を持って村から村へまわり、ミルクをもらった人たちは、ひとり残らず一時間で病気が治った。
モーリャ・ニー・キーラハーン(メアリー・ケリガン)というのが女の名前だったが、そのうわさはすぐに国じゅうに広まって、メアリーは袋いっぱいの金貨や銀貨を手にした。
ある日、メアリーはカルチャ・ブロンクスでひらかれた聖人さまのお祭りに出かけ、酒を飲みすぎて酔っぱらい、秘密をもらしてしまった。
飲みすぎのせいで正体をなくして眠りこみ、起きたときには、缶はなくなっていた。メアリーはたいそう悲しんで、カルチャ・ブロンクスから一マイルも離れていないパル・ボーン(白い穴)という場所で、身投げして死んでしまった。
クリナーンの御殿に行けば、病気を治す缶を手に入れられると、だれもが考えた。つぎの日、たくさんの人が御殿に押し寄せたが、中の人たちは、みな死んでいた。さけび声が聞こえて、なん百人もが寄り集まったが、だれひとり入ってはゆけなかった。御殿は煙でいっぱいで、中から稲光りがし、雷が聞こえていたからだ。
みなはバラーアデリーンというところの司祭さまに使いを出したが、司祭さまの答えは「わたしの受け持ちの土地ではないから、どうしようもない」だった。その夜、御殿にまぶしい光が見えて、みんなこわがった。つぎの日、リサハルの司祭さまに使いが行ったが、受け持ちではなかったので、来てはくれなかった。キルモビーの司祭さまにも使いが出されたが、言い分は同じだった。
カルチャ・モーンに貧しい修道士がたくさんいて、話を聞くと、仲間たちだけで御殿に向かった。中に入るとお祈りを唱えはじめたが、死体は見あたらなかった。しばらくすると煙がうすれ、稲光りも雷もやみ、扉が開いておおきな男が出てきた。見れば、男はひたいに目がひとつしかなかった。
「神にかけて、あなたはだれですか」と修道士たちのひとりがたずねた。
「わしは、わざわいの目のベロールの息子クリナーンだ。こわがらなくていい、なにもしはしない。おまえたちは勇気のある、よい人間だからな。ここにいた者たちはみな、からだも魂も永遠の安らぎに旅立った。おまえたちが貧乏なこと、まわりに貧乏な人間がたくさんいることは知っている。ここに財布がふたつある。ひとつはおまえたちに、もうひとつは貧しい者たちに分け与えるためだ。ぜんぶ使ってしまったら、また来るがいい。わしはこの世界の者ではないが、先にやられたのでないかぎりは、なにもしない。わしからは離れていろ」
そしてクリナーンはふたつの財布を修道士たちにわたした。「さあ、行ってよいことをしろ」修道士たちは戻っていった。貧しい人たちを集めてお金を分け与えた。人びとは、御殿でどんなものを見たのかとたずねた。「わたしたちが御殿で見たものは、みんな秘密です。御殿には近づかないように、そうすればひどい目にあうことはありません」
修道士たちが御殿でたくさんのお金をもらったと聞いた司祭さまたちはうらやましくなり、修道士たちのようにお金がもらえはしないかと、三人で御殿に行った。
中へ入った三人は大声でさけんだ。「だれかおらんか。だれかおらんか」部屋からクリナーンが出てきてたずねた。「おまえたちはなにが望みだ」「わたしたちは、あなたと仲良くしようと思って来たのですよ」「司祭はうそを言わないものだと思っていたが。おまえたちは、貧しい修道士たちと同じように金がもらえないかと考えて来たのだ。みなが来てくれるよう頼んだときは、こわがって来なかっただろう。いまさらびた一文やりはしない、おまえたちにはもらう資格がないからな」
「わたしたちには、おまえをここから追いはらう力があるのを知らないのか。もっと行儀よくしないと、その力を思い知らせてやるぞ」
「おまえたちの力など、なんとも思わない。このわしは、アイルランドじゅうの司祭を合わせたより、もっと強い力を持っているのだ」
「おまえはうそをついている」
「今夜、わしの力のほんの一部を見せてやろう。おまえたちの頭の上に屋根の土台も残らないよう、むこうの川にすべて吹き飛ばしてくれる。わしがその気になれば、この目で見ただけで、おまえたちを殺すこともできるのだ。朝になれば、おまえたちの家の屋根が川の中にあるのがわかるだろう。もう、わしにあれこれ聞くな、おどかしもするな、ろくなことにならんぞ」
司祭さまたちはこわくなって逃げ帰ったが、朝には家の屋根がなくなっているなどとは信じなかった。
その晩、真夜中になるころ、司祭さまたちの家の屋根の下に風が吹き込んできて、御殿の前の川まで屋根を吹き飛ばしてしまった。司祭さまたちは、おそろしさにからだじゅうの骨という骨をふるわせ、近所の家で朝まで過ごさせてもらうはめになった。
つぎの日の朝、司祭さまたちが御殿の前の川まで来ると、自分たちの家の屋根が、そろって水に浮いていた。司祭さまたちは修道士たちに知らせをやって、クリナーンのところへ行って仲直りを申しこみ、もうじゃまはしないと伝えるよう頼んだ。修道士たちが御殿へ行くと、クリナーンが出迎え、なにをしに来たのかとたずねた。「わたしたちは司祭さまからの使いで仲直りを申しこみに来ました。もうあなたのじゃまはしないということです」「そのほうが、やつらの身のためだ。ではいっしょに来い、家の屋根をもとに戻してやろう」修道士たちがクリナーンについて川まで行くと、クリナーンは両の鼻の穴から息を吹き出した。屋根は舞い上がって、はじめにのっていたところに戻った。司祭さまたちは、おどろいて言った。「魔法の力はまだほろびていないし、この国から追いはらわれてもいないのだな」その日から、司祭さまたちも、ほかのみなも、クリナーンの御殿には近づかなくなった。
メアリー・ケリガンが死んでから一年がたって、カルチャ・ブロンクスで聖人さまのお祭りがひらかれた。若者がおおぜい集まった中に、メアリー・ケリガンの息子のポージーンもいた。若者たちはウイスキーを飲んで酔っぱらい、はめをはずした。家に帰るとちゅうでポージーン・オケリガンが言った。「あっちの御殿には金がたっぷりあるんだ、もし勇気があれば取ってこられるぞ」酔いがさめていない十二人の若者たちは言った。「おれたちには勇気がある、御殿へ行ってみよう」みなで扉の前まで行き、ポージーン・オケリガンが声をあげた。「扉を開けろ、さもないとぶち破るぞ」クリナーンが出てきて言った。「帰らないと、おまえたちをひと月のあいだ眠らせるぞ」若者たちはクリナーンをとりおさえようとしたが、クリナーンはふたつの鼻の穴から息を吹き出し、リスドラムネルというリス(むかしの円形の砦)まで若者たちを吹き飛ばし、深い眠りにつかせ、おおきな雲でおおってしまった。そこから、リス・トラム・ネル(厚い雲の砦)という名がついたのだ。
つぎの日の朝、若者たちの姿があちらにもこちらにも見あたらないので、みなおおいに嘆き悲しんだ。若者たちのゆくえがわからないまま、その日は過ぎた。若者たちが御殿に向かうのを見た人がおり、クリナーンに殺されたのではないかという話がでた。若者たちの父や母は修道士たちのもとへ行き、クリナーンに会って、生きているにしても死んでいるにしても、息子たちがどこにいるのかたしかめてほしいとうったえた。
修道士たちがクリナーンのところへ行くと、クリナーンは若者たちがどんな悪さをしようとしたか、若者たちをどうしたかを話した。「もしそうしていただけるなら、今回ばかりはお許しを。お酒のせいでおかしくなっていたのです、もう二度と悪いことはいたしません」と修道士たちは言った。「おまえたちが頼むなら、今回だけはかんべんしてやろう。だがまた来たら、七年のあいだ眠らせるぞ。いっしょに来い、やつらのところへ案内しよう」
「わたしたちは足が速くありません。かれらのところまで行くにはずいぶんかかるでしょう」
「二分もかからず着いて、同じ時間で戻って来られるだろう」
クリナーンは修道士たちを外に連れ出し、口から息を吐いてリスドラムネルまで吹き飛ばすと、自分も同時にそこに着いた。
雲に包まれた砦に十二人の若者が眠っているのを見て、修道士たちはおおいにおどろいた。「では、こやつらを家に送り届けよう」クリナーンが息を吹きかけると、若者たちは鳥のように空に舞い上がり、まもなくそれぞれの家に着いて、修道士たちも同じように家に着いた。若者たちが二度とクリナーンの御殿に行かなかったと言っても、ふしぎはないだろう。
その後も長いあいだ、クリナーンは御殿に住んでいた。ある日、修道士たちが訪ねて行ったが、クリナーンは見つからなかった。修道士たちはクリナーンのたいそうなお宝をうけついだのだとうわさされた。御殿に行って住もうとする者はいなかったので、時がたって、御殿の屋根はくずれ落ちた。そのあとも人びとはまわり道をつづけ、長いこと御殿の跡に近づこうとはしなかった。いまでは壁の一部が残っているだけだが、御殿の跡は、むかしもいまもかわらずに、クールト・ア・フリナーン(クリナーンの御殿)と呼ばれている。