力など望まで弱く美しく生れしまゝの男にてあれ
血の色の
前髪も帯の結びも低くしてゆふべの街をしのび来にけり
朝寒の机のまへに開きたる新聞紙の香高き朝かな
我が髪の元結ひもやゝゆるむらむ
捨てむなど
ともすればかろきねたみのきざし来る日かなかなしくものなど縫はむ
三度ほど酒をふくみてあたゝかくほどよくうるむさかづきの肌
生へ際のすこし薄きもこのひとの優しさ見えてうれしかりけり
悲しさをじつと
をとなしく病後のわれのもつれがみときし男のしのばるゝ秋
君なにか思ひ出でけむ杯を手にしたるまゝふと眼を伏せぬ
むづがゆく薄らつめたくやゝ痛きあてこすりをば聞く快さ
ちら〳〵と君が面に酔ひの色見えそむる頃かはほりのとぶ
唇を打ちふるはして
いつしかに
美しくたのまれがたくゆれやすき君をみつめてあるおもしろさ
たま〳〵にかろき心となれるとき明るき空に鳥高く飛ぶ
春の夜の
君のみを
唇をかめばすこしく何物かとらえ得しごと心やはらぐ
めずらしく弱き姿と君なりて病みたまふこそうれしかりけれ
いとしさと憎さとなかば相寄りしおかしき恋にうむ時もなし
橋なかば傘めぐらせば川下に同じ橋あり人と馬行く
ひとつふたつ二人のなかに杯を置くへだたりの程こそよけれ
ゆるされてやや寂しきはしのび
愛らしき男よけふもいそ〳〵と妻待つ門へよくぞかへれる
折々は君を離れてたそがれの静けさなども味ひて見む
うなだれて佐久の平の草床にものおもふ身を君憎まざれ
山に来て二十日経ぬれどあたたかく我をば抱く一樹だになし(以上二首一人旅して)
あざやかに庭の面の土の色よみがへれるが朝の眼に泌む
我が門のいばらの芽などしめやかにむしりて過ぐる人あるゆふべ
くれなゐの
行き暮れて
君がふと見せし情に
一度は我がため泣きし男なりこの我がまゝもゆるし置かまし
この人のかばかり折れてしほらしくかりにも見ゆることのうれしさ
なめらかにおしろい
眼の下にすこしのこれる寝おしろい朝の鏡にうつるわびしさ
泣くことの楽しくなりぬみづからにあまゆるくせのいつかつきけむ
ひとり居て泣き
そのなかにまれにありつる
なまめかし
君はたと怒りの声を
菊の花冷たくふれぬめづらしく
あけがたの薄き光を宿したる大鏡こそ淋しかりけり
静なる朝の
おとなしき心となりて眼を閉ぢぬかゝる夜な〳〵続けとぞ願ふ
三味線の淡黄の糸の切はしの一すじ散れるたそがれの部屋
春の風広き
捨てられし人のごとくに独り居て髪などとかす夜の淋しさ
やふやくに橋のあたりの水黒み静に河はたそがれて行く
ほろ〳〵と涙あふれぬあふれ来る若き力の
菊などをむしるがごとく素直なる君を故なくまたも泣かせぬ
君よりか我より
貝などのこぼれしごとく我が足の爪の光れる昼の湯の底
彼の折に
おしろい気なき襟元へしみ〳〵と
多摩川の清く冷くやはらかき水のこころを誰に語らむ
一杯の水をふくめば
美しさ何か及はむなみ〳〵と
水はみな紺青色に描かれし
東京の街の憂ひの流るゝや隅田の川は灰色に行く
人妻をうばはむほどの強さをば持てる男のあらば