わかれ道
樋口 一葉
上
お
京
(
きやう
)
さん
居
(
ゐ
)
ますかと
窓
(
まど
)
の
戸
(
と
)
の
外
(
そと
)
に
來
(
き
)
て、こと〳〵と
羽目
(
はめ
)
を
敲
(
たゝ
)
く
音
(
おと
)
のするに、
誰
(
だ
)
れだえ、もう
寢
(
ね
)
て
仕舞
(
しま
)
つたから
明日
(
あした
)
來
(
き
)
てお
呉
(
く
)
れと
嘘
(
うそ
)
を
言
(
い
)
へば、
寢
(
ね
)
たつて
宜
(
い
)
いやね、
起
(
お
)
きて
明
(
あ
)
けてお
呉
(
く
)
んなさい、
傘屋
(
かさや
)
の
吉
(
きち
)
だよ、
己
(
お
)
れだよと
少
(
すこ
)
し
高
(
たか
)
く
言
(
い
)
へば、いやな
子
(
こ
)
だね
此樣
(
こん
)
な
遲
(
おそ
)
くに
何
(
なに
)
を
言
(
い
)
ひに
來
(
き
)
たか、
又
(
また
)
お
餅
(
かちん
)
のおねだりか、と
笑
(
わら
)
つて、
今
(
いま
)
あけるよ
少時
(
しばらく
)
辛防
(
しんばう
)
おしと
言
(
い
)
ひながら、
仕立
(
したて
)
かけの
縫物
(
ぬひもの
)
に
針
(
はり
)
どめして
立
(
た
)
つは
年頃
(
としごろ
)
二十餘
(
はたちあま
)
りの
意氣
(
いき
)
な
女
(
をんな
)
、
多
(
おほ
)
い
髮
(
かみ
)
の
毛
(
け
)
を
忙
(
いそが
)
しい
折
(
をり
)
からとて
結
(
むす
)
び
髮
(
がみ
)
にして、
少
(
すこ
)
し
長
(
なが
)
めな
八丈
(
はちぢやう
)
の
前
(
まへ
)
だれ、お
召
(
めし
)
の
臺
(
だい
)
なしな
半天
(
はんてん
)
を
着
(
き
)
て、
急
(
いそ
)
ぎ
足
(
あし
)
に
沓脱
(
くつぬぎ
)
へ
下
(
お
)
りて
格子戸
(
かうしど
)
に
添
(
そ
)
ひし
雨戸
(
あまど
)
を
明
(
あ
)
くれば、お
氣
(
き
)
の
毒
(
どく
)
さまと
言
(
い
)
ひながらずつと
這入
(
はい
)
るは
一寸法師
(
いつすんぼし
)
と
仇名
(
あだな
)
のある
町内
(
ちやうない
)
の
暴
(
あば
)
れ
者
(
もの
)
、
傘屋
(
かさや
)
の
吉
(
きち
)
とて
持
(
も
)
て
餘
(
あま
)
しの
小僧
(
こぞう
)
なり、
年
(
とし
)
は
十六
(
じふろく
)
なれども
不圖
(
ふと
)
見
(
み
)
る
處
(
ところ
)
は
一
(
いち
)
か
二
(
に
)
か、
肩幅
(
かたはゞ
)
せばく
顏
(
かほ
)
少
(
ちひ
)
さく、
目鼻
(
めはな
)
だちはきり〳〵と
利口
(
りこう
)
らしけれどいかにも
脊
(
せい
)
の
矮
(
ひく
)
ければ
人
(
ひと
)
嘲
(
あざけ
)
りて
仇名
(
あだな
)
はつけゝる、
御免
(
ごめん
)
なさい、と
火鉢
(
ひばち
)
の
傍
(
そば
)
へづか〳〵と
行
(
ゆ
)
けば、お
餅
(
かちん
)
を
燒
(
や
)
くには
火
(
ひ
)
が
足
(
た
)
らないよ、
臺所
(
だいどころ
)
の
火消壺
(
ひけしつぼ
)
から
[#「火消壺から」は底本では「火消壼から」]
消
(
け
)
し
炭
(
ずみ
)
を
持
(
も
)
つて
來
(
き
)
てお
前
(
まへ
)
が
勝手
(
かつて
)
に
燒
(
や
)
いてお
喰
(
た
)
べ、
私
(
わたし
)
は
今夜中
(
こんやぢゆう
)
に
此
(
こ
)
れ
一枚
(
ひとつ
)
を
上
(
あ
)
げねばならぬ、
角
(
かど
)
の
質屋
(
しちや
)
の
旦那
(
だんな
)
どのが
御年始着
(
ごねんしぎ
)
だからとて
針
(
はり
)
を
取
(
と
)
れば、
吉
(
きち
)
はふゝんと
言
(
い
)
つて
彼
(
あ
)
の
兀頭
(
はげあたま
)
には
惜
(
を
)
しい
物
(
もの
)
だ、
御初穗
(
おはつう
)
を
己
(
お
)
れでも
着
(
き
)
て
遣
(
や
)
らうかと
言
(
い
)
へば、
馬鹿
(
ばか
)
をお
言
(
い
)
ひでない
人
(
ひと
)
のお
初穗
(
はつう
)
を
着
(
き
)
ると
出世
(
しゆつせ
)
が
出來
(
でき
)
ないと
言
(
い
)
ふではないか、
今
(
いま
)
つから
伸
(
の
)
びる
事
(
こと
)
が
出來
(
でき
)
なくては
仕方
(
しかた
)
が
無
(
な
)
い、
其樣
(
そん
)
な
事
(
こと
)
を
他處
(
よそ
)
の
家
(
うち
)
でもしては
不可
(
いけない
)
よと
氣
(
き
)
を
附
(
つ
)
けるに、
己
(
お
)
れなんぞ
御出世
(
ごしゆつせ
)
は
願
(
ねが
)
はないのだから
他人
(
ひと
)
の
物
(
もの
)
だらうが
何
(
なん
)
だらうが
着
(
き
)
かぶつて
遣
(
や
)
るだけが
徳
(
とく
)
さ、お
前
(
まへ
)
さん
何時
(
いつ
)
か
左樣
(
さう
)
言
(
い
)
つたね、
運
(
うん
)
が
向
(
む
)
く
時
(
とき
)
になると
己
(
お
)
れに
糸織
(
いとおり
)
の
着物
(
きもの
)
をこしらへて
呉
(
く
)
れるつて、
本當
(
ほんたう
)
に
調製
(
こしら
)
へて
呉
(
く
)
れるかえと
眞面目
(
まじめ
)
だつて
言
(
い
)
へば、それは
調製
(
こしら
)
へて
上
(
あ
)
げられるやうならお
目出度
(
めでたい
)
のだもの
喜
(
よろこ
)
んで
調製
(
こしら
)
へるがね、
私
(
わたし
)
が
姿
(
すがた
)
を
見
(
み
)
てお
呉
(
く
)
れ、
此樣
(
こん
)
な
容躰
(
ようだい
)
で
人
(
ひと
)
さまの
仕事
(
しごと
)
をして
居
(
ゐ
)
る
境界
(
きやうがい
)
ではなからうか、まあ
夢
(
ゆめ
)
のやうな
約束
(
やくそく
)
さとて
笑
(
わら
)
つて
居
(
ゐ
)
れば、いゝやなそれは、
出來
(
でき
)
ない
時
(
とき
)
に
調製
(
こしら
)
へて
呉
(
く
)
れとは
言
(
い
)
はない、お
前
(
まへ
)
さんに
運
(
うん
)
の
向
(
む
)
いた
時
(
とき
)
の
事
(
こと
)
さ、まあ
其樣
(
そん
)
な
約束
(
やくそく
)
でもして
喜
(
よろこ
)
ばして
置
(
お
)
いてお
呉
(
く
)
れ、
此樣
(
こん
)
な
野郎
(
やらう
)
が
糸織
(
いとおり
)
ぞろへを
被
(
かぶ
)
つた
處
(
ところ
)
がをかしくも
無
(
な
)
いけれどもと
淋
(
さび
)
しさうな
笑顏
(
ゑがほ
)
をすれば、そんなら
吉
(
きつ
)
ちやんお
前
(
まへ
)
が
出世
(
しゆつせ
)
の
時
(
とき
)
は
私
(
わたし
)
にもしてお
呉
(
く
)
れか、
其約束
(
そのやくそく
)
も
極
(
き
)
めて
置
(
お
)
きたいねと
微笑
(
ほゝゑ
)
んで
言
(
い
)
へば、
其奴
(
そいつ
)
はいけない、
己
(
お
)
れは
何
(
ど
)
うしても
出世
(
しゆつせ
)
なんぞは
爲
(
し
)
ないのだから。
何故々々
(
なぜ〳〵
)
。
何故
(
なぜ
)
でもしない、
誰
(
だ
)
れが
來
(
き
)
て
無理
(
むり
)
やりに
手
(
て
)
を
取
(
と
)
つて
引上
(
ひきあ
)
げても
己
(
お
)
れは
此處
(
こゝ
)
に
斯
(
か
)
うして
居
(
ゐ
)
るのがいゝのだ、
傘屋
(
かさや
)
の
油引
(
あぶらひ
)
きが
一番
(
いちばん
)
好
(
い
)
いのだ、
何
(
ど
)
うで
盲目縞
(
めくらじま
)
の
筒袖
(
つゝそで
)
に
三尺
(
さんじやく
)
を
脊負
(
しよ
)
つて
産
(
で
)
て
來
(
き
)
たのだらうから、
澁
(
しぶ
)
を
買
(
か
)
ひに
行
(
ゆ
)
く
時
(
とき
)
かすり
でも
取
(
と
)
つて
吹矢
(
ふきや
)
の
一本
(
いつぽん
)
も
當
(
あた
)
りを
取
(
と
)
るのが
好
(
い
)
い
運
(
うん
)
さ、お
前
(
まへ
)
さんなぞは
以前
(
もと
)
が
立派
(
りつぱ
)
な
人
(
ひと
)
だといふから
今
(
いま
)
に
上等
(
じやうとう
)
の
運
(
うん
)
が
馬車
(
ばしや
)
に
乘
(
の
)
つて
迎
(
むか
)
ひに
來
(
き
)
やすのさ、だけれどもお
妾
(
めかけ
)
になるといふ
謎
(
なぞ
)
では
無
(
な
)
いぜ、
惡
(
わる
)
く
取
(
と
)
つて
怒
(
おこ
)
つてお
呉
(
く
)
んなさるな、と
火
(
ひ
)
なぶりをしながら
身
(
み
)
の
上
(
うへ
)
を
歎
(
なげ
)
くに、
左樣
(
さう
)
さ
馬車
(
ばしや
)
の
代
(
かは
)
りに
火
(
ひ
)
の
車
(
くるま
)
でも
來
(
く
)
るであらう、
隨分
(
ずゐぶん
)
胸
(
むね
)
の
燃
(
も
)
える
事
(
こと
)
があるからね、とお
京
(
きやう
)
は
尺
(
ものさし
)
を
杖
(
つゑ
)
に
振返
(
ふりかへ
)
りて
吉三
(
きちざう
)
が
顏
(
かほ
)
を
諦視
(
まも
)
りぬ。
例
(
いつも
)
の
如
(
ごと
)
く
臺所
(
だいどころ
)
から
炭
(
すみ
)
を
持出
(
もちだ
)
して、お
前
(
まへ
)
は
喰
(
く
)
ひなさらないかと
聞
(
き
)
けば、いゝえ、とお
京
(
きやう
)
頭
(
つむり
)
をふるに、では
己
(
お
)
ればかり
御馳走
(
ごちそう
)
さまにならうかな、
本當
(
ほんたう
)
に
自家
(
うち
)
の
吝嗇奴
(
けちんばう
)
めやかましい
小言
(
こごと
)
ばかり
言
(
い
)
やがつて、
人
(
ひと
)
を
使
(
つか
)
ふ
法
(
はふ
)
をも
知
(
し
)
りやがらない、
死
(
し
)
んだお
老婆
(
ばあ
)
さんはあんなのでは
無
(
な
)
かつたけれど、
今度
(
こんど
)
の
奴等
(
やつら
)
と
來
(
き
)
たら
一人
(
ひとり
)
として
話
(
はな
)
せるのは
無
(
な
)
い、お
京
(
きやう
)
さんお
前
(
まへ
)
は
自家
(
うち
)
の
半次
(
はんじ
)
さんを
好
(
す
)
きか、
隨分
(
ずゐぶん
)
厭味
(
いやみ
)
に
出來
(
でき
)
あがつて、いゝ
氣
(
き
)
の
骨頂
(
こつちやう
)
の
奴
(
やつ
)
ではないか、
己
(
お
)
れは
親方
(
おやかた
)
の
息子
(
むすこ
)
だけれど
彼奴
(
あいつ
)
ばかりは
何
(
ど
)
うしても
主人
(
しゆじん
)
とは
思
(
おも
)
はれない、
番
(
ばん
)
ごと
喧嘩
(
けんくわ
)
をして
遣
(
や
)
り
込
(
こ
)
めてやるのだが
隨分
(
ずゐぶん
)
おもしろいよと
話
(
はな
)
しながら、
鐵網
(
かなあみ
)
の
上
(
うへ
)
へ
餅
(
もち
)
をのせて、おゝ
熱々
(
あつ〳〵
)
と
指先
(
ゆびさき
)
を
吹
(
ふ
)
いてかゝりぬ。
己
(
お
)
れは
何
(
ど
)
うもお
前
(
まへ
)
さんの
事
(
こと
)
が
他人
(
たにん
)
のやうに
思
(
おも
)
はれぬは
何
(
ど
)
ういふものであらう、お
京
(
きやう
)
さんお
前
(
まへ
)
は
弟
(
おとゝ
)
といふを
持
(
も
)
つた
事
(
こと
)
は
無
(
な
)
いのかと
問
(
と
)
はれて、
私
(
わたし
)
は
一人子
(
ひとりご
)
で
同胞
(
きやうだい
)
なしだから
弟
(
おとゝ
)
にも
妹
(
いもと
)
にも
持
(
も
)
つた
事
(
こと
)
は
一度
(
いちど
)
も
無
(
な
)
いと
言
(
い
)
ふ、
左樣
(
さう
)
かなあ、それでは
矢張
(
やつぱり
)
何
(
なん
)
でも
無
(
な
)
いのだらう、
何處
(
どこ
)
からか
斯
(
か
)
うお
前
(
まへ
)
のやうな
人
(
ひと
)
が
己
(
お
)
れの
眞身
(
しんみ
)
の
姉
(
あね
)
さんだとか
言
(
い
)
つて
出
(
で
)
て
來
(
き
)
たらどんなに
嬉
(
うれ
)
しいか、
首
(
くび
)
つ
玉
(
たま
)
へ
噛
(
かじ
)
り
着
(
つ
)
いて
己
(
お
)
れはそれぎり
往生
(
わうじやう
)
しても
喜
(
よろこ
)
ぶのだが、
本當
(
ほんたう
)
に
己
(
お
)
れは
木
(
き
)
の
股
(
また
)
からでも
出
(
で
)
て
來
(
き
)
たのか、つひしか
親類
(
しんるゐ
)
らしい
者
(
もの
)
に
逢
(
あ
)
つた
事
(
こと
)
も
無
(
な
)
い、それだから
幾度
(
いくど
)
も
幾度
(
いくど
)
も
考
(
かんが
)
へては
己
(
お
)
れはもう
一生
(
いつしやう
)
誰
(
だ
)
れにも
逢
(
あ
)
ふ
事
(
こと
)
が
出來
(
でき
)
ない
位
(
くらゐ
)
なら
今
(
いま
)
のうち
死
(
し
)
んで
仕舞
(
しま
)
つた
方
(
はう
)
が
氣樂
(
きらく
)
だと
考
(
かんが
)
へるがね、それでも
慾
(
よく
)
があるから
可笑
(
をか
)
しい、ひよつくり
變
(
へん
)
てこな
夢
(
ゆめ
)
なんかを
見
(
み
)
てね、
平常
(
ふだん
)
優
(
やさ
)
しい
事
(
こと
)
の
一言
(
ひとこと
)
も
言
(
い
)
つて
呉
(
く
)
れる
人
(
ひと
)
が
母親
(
おふくろ
)
や
親父
(
おやぢ
)
や
姉
(
あね
)
さんや
兄
(
あに
)
さんのやうに
思
(
おも
)
はれて、もう
少
(
すこ
)
し
生
(
い
)
きて
居
(
ゐ
)
やうかしら、もう一
年
(
ねん
)
も
生
(
い
)
きて
居
(
ゐ
)
たら
誰
(
だ
)
れか
本當
(
ほんたう
)
の
事
(
こと
)
を
話
(
はな
)
して
呉
(
く
)
れるかと
樂
(
たの
)
しんでね、
面白
(
おもしろ
)
くも
無
(
な
)
い
油引
(
あぶらひ
)
きをやつて
居
(
ゐ
)
るが
己
(
お
)
れ
見
(
み
)
たやうな
變
(
へん
)
な
物
(
もの
)
が
世間
(
せけん
)
にも
有
(
あ
)
るだらうかねえ、お
京
(
きやう
)
さん
母親
(
おふくろ
)
も
父親
(
おやぢ
)
も
空
(
から
)
つきり
當
(
あて
)
が
無
(
な
)
いのだよ、
親
(
おや
)
なしで
産
(
うま
)
れて
來
(
く
)
る
子
(
こ
)
があらうか、
己
(
お
)
れは
何
(
ど
)
うしても
不思議
(
ふしぎ
)
でならない、と
燒
(
やき
)
あがりし
餅
(
もち
)
を
兩手
(
りやうて
)
でたゝきつゝいつも
言
(
い
)
ふなる
心細
(
こゝろぼそ
)
さを
繰返
(
くりかへ
)
せば、それでもお
前
(
まへ
)
笹
(
さゝ
)
づる
錦
(
にしき
)
の
守
(
まも
)
り
袋
(
ぶくろ
)
といふやうな
證據
(
しようこ
)
は
無
(
な
)
いのかえ、
何
(
なに
)
か
手懸
(
てがゝ
)
りは
有
(
あ
)
りさうなものだねとお
京
(
きやう
)
の
言
(
い
)
ふを
消
(
け
)
して、
何
(
なに
)
其樣
(
そん
)
な
氣
(
き
)
の
利
(
き
)
いた
物
(
もの
)
は
有
(
あ
)
りさうにもしない
生
(
うま
)
れると
直
(
すぐ
)
さま
橋
(
はし
)
の
袂
(
たもと
)
の
貸赤子
(
かしあかご
)
に
出
(
だ
)
されたのだなどゝ
朋輩
(
ほうばい
)
の
奴等
(
やつら
)
が
惡口
(
わるくち
)
をいふが、もしかすると
左樣
(
さう
)
かも
知
(
し
)
れない、それなら
己
(
お
)
れは
乞食
(
こじき
)
の
子
(
こ
)
だ、
母親
(
おふくろ
)
も
父親
(
おやぢ
)
も
乞食
(
こじき
)
かも
知
(
し
)
れない、
表
(
おもて
)
を
通
(
とほ
)
る
襤褸
(
ぼろ
)
を
下
(
さ
)
げた
奴
(
やつ
)
が
矢張
(
やつぱり
)
己
(
お
)
れが
親類
(
しんるゐ
)
まきで
毎朝
(
まいあさ
)
きまつて
貰
(
もら
)
ひに
來
(
く
)
る
跛
(
びつこ
)
隻眼
(
めつかち
)
のあの
婆
(
ばゝ
)
あ
何
(
なに
)
かゞ
己
(
お
)
れの
爲
(
ため
)
の
何
(
なん
)
に
當
(
あた
)
るか
知
(
し
)
れはしない、
話
(
はな
)
さないでもお
前
(
まへ
)
は
大抵
(
たいてい
)
知
(
し
)
つて
居
(
ゐ
)
るだらうけれど
今
(
いま
)
の
傘屋
(
かさや
)
に
奉公
(
ほうこう
)
する
前
(
まへ
)
は
矢張
(
やつぱり
)
己
(
お
)
れは
角兵衞
(
かくべゑ
)
の
獅子
(
しゝ
)
を
冠
(
かぶ
)
つて
歩
(
ある
)
いたのだからと
打
(
うち
)
しをれて、お
京
(
きやう
)
さん
己
(
お
)
れが
本當
(
ほんたう
)
に
乞食
(
こじき
)
の
子
(
こ
)
ならお
前
(
まへ
)
は
今
(
いま
)
までのやうに
可愛
(
かあい
)
がつては
呉
(
く
)
れないだらうか、
振向
(
ふりむ
)
いて
見
(
み
)
ては
呉
(
く
)
れまいねと
言
(
い
)
ふに、
串戯
(
じようだん
)
をお
言
(
い
)
ひでないお
前
(
まへ
)
が
何
(
ど
)
のやうな
人
(
ひと
)
の
子
(
こ
)
で
何
(
ど
)
んな
身
(
み
)
かそれは
知
(
し
)
らないが、
何
(
なん
)
だからとつて
厭
(
いや
)
がるも
厭
(
いや
)
がらないも
言
(
い
)
ふ
事
(
こと
)
は
無
(
な
)
い、お
前
(
まへ
)
は
平常
(
ふだん
)
の
氣
(
き
)
に
似合
(
にあは
)
ぬ
情
(
なさけ
)
ない
事
(
こと
)
をお
言
(
い
)
ひだけれど、
私
(
わたし
)
が
少
(
すこ
)
しもお
前
(
まへ
)
の
身
(
み
)
なら
非人
(
ひにん
)
でも
乞食
(
こじき
)
でも
構
(
かま
)
ひはない、
親
(
おや
)
が
無
(
な
)
からうが
兄弟
(
きやうだい
)
が
何
(
ど
)
うだらうが
身
(
み
)
一
(
ひと
)
つ
出世
(
しゆつせ
)
をしたらば
宜
(
よ
)
からう、
何故
(
なぜ
)
其樣
(
そん
)
な
意氣地
(
いくぢ
)
なしをお
言
(
い
)
ひだと
勵
(
はげ
)
ませば、
己
(
お
)
れは
何
(
ど
)
うしても
駄目
(
だめ
)
だよ、
何
(
なん
)
にも
爲
(
し
)
やうとも
思
(
おも
)
はない、と
下
(
した
)
を
向
(
む
)
いて
顏
(
かほ
)
をば
見
(
み
)
せざりき。
中
今
(
いま
)
は
亡
(
う
)
せたる
傘屋
(
かさや
)
の
先代
(
せんだい
)
に
太
(
ふと
)
つ
腹
(
ぱら
)
のお
松
(
まつ
)
とて
一代
(
いちだい
)
に
身上
(
しんじやう
)
をあげたる、
女相撲
(
をんなずまふ
)
のやうな
老婆樣
(
ばゝさま
)
ありき、
六年前
(
ろくねんまへ
)
の
冬
(
ふゆ
)
の
事
(
こと
)
寺參
(
てらまゐ
)
りの
歸
(
かへ
)
りに
角兵衞
(
かくべゑ
)
の
子供
(
こども
)
を
拾
(
ひろ
)
ふて
來
(
き
)
て、いゝよ
親方
(
おやかた
)
からやかましく
言
(
い
)
つて
[#「言つて」は底本では「行つて」]
來
(
き
)
たら
其時
(
そのとき
)
の
事
(
こと
)
、
可愛想
(
かあいさう
)
に
足
(
あし
)
が
痛
(
いた
)
くて
歩
(
ある
)
かれないと
言
(
い
)
ふと
朋輩
(
ほうばい
)
の
意地惡
(
いぢわる
)
が
置去
(
おきざ
)
りに
捨
(
す
)
てゝ
行
(
い
)
つたと
言
(
い
)
ふ、
其樣
(
そん
)
な
處
(
ところ
)
へ
歸
(
かへ
)
るに
當
(
あた
)
るものか
些
(
ちつ
)
とも
怕
(
おつ
)
かない
事
(
こと
)
は
無
(
な
)
いから
私
(
わたし
)
が
家
(
うち
)
に
居
(
ゐ
)
なさい、みんなも
心配
(
しんぱい
)
する
事
(
こと
)
は
無
(
な
)
い
何
(
なん
)
の
此子
(
このこ
)
位
(
ぐらゐ
)
のもの
二人
(
ふたり
)
や
三人
(
さんにん
)
や
臺所
(
だいどころ
)
へ
板
(
いた
)
を
並
(
なら
)
べてお
飯
(
まんま
)
を
喰
(
た
)
べさせるに
文句
(
もんく
)
が
入
(
い
)
るものか、
判證文
(
はんしようもん
)
を
取
(
と
)
つた
奴
(
やつ
)
でも
驅落
(
かけおち
)
をするもあれば
持逃
(
もちに
)
げの
吝
(
けち
)
な
奴
(
やつ
)
もある、
料簡次第
(
れうけんしだい
)
のものだわな、いはゞ
馬
(
うま
)
には
乘
(
の
)
つて
見
(
み
)
ろさ、
役
(
やく
)
に
立
(
た
)
つか
立
(
た
)
たないか
置
(
お
)
いて
見
(
み
)
なけりや
知
(
し
)
れはせん、お
前
(
まへ
)
新網
(
しんあみ
)
へ
歸
(
かへ
)
るが
厭
(
いや
)
なら
此家
(
こゝ
)
を
死場
(
しにば
)
と
極
(
き
)
めて
骨
(
ほね
)
を
折
(
を
)
らなきやならないよ、しつかり
遣
(
や
)
つてお
呉
(
く
)
れと
言
(
い
)
ひ
含
(
ふく
)
められて、
吉
(
きち
)
や〳〵と
夫
(
そ
)
れよりの
丹精
(
たんせい
)
今
(
いま
)
油
(
あぶら
)
ひきに、
大人
(
おとな
)
三人前
(
さんにんまへ
)
を
一手
(
いつて
)
に
引
(
ひき
)
うけて
鼻唄
(
はなうた
)
交
(
まじ
)
り
遣
(
や
)
つて
退
(
の
)
ける
腕
(
うで
)
を
見
(
み
)
るもの、
流石
(
さすが
)
に
眼鏡
(
めがね
)
と
亡
(
な
)
き
老婆
(
ひと
)
をほめける。
恩
(
おん
)
ある
人
(
ひと
)
は
二年目
(
にねんめ
)
に
亡
(
う
)
せて
今
(
いま
)
の
主
(
あるじ
)
も
内儀樣
(
かみさま
)
も
息子
(
むすこ
)
の
半次
(
はんじ
)
も
氣
(
き
)
に
喰
(
く
)
はぬ
者
(
もの
)
のみなれど、
此處
(
こゝ
)
を
死場
(
しにば
)
と
定
(
さだ
)
めたるなれば
厭
(
いや
)
とて
更
(
さら
)
に
何方
(
いづかた
)
に
行
(
ゆ
)
くべき、
身
(
み
)
は
疳癪
(
かんしやく
)
に
筋骨
(
すぢぼね
)
つまつてか
人
(
ひと
)
よりは
一寸法師
(
いつすんぼし
)
一寸法師
(
いつすんぼし
)
と
誹
(
そし
)
らるゝも
口惜
(
くちを
)
しきに、
吉
(
きち
)
や
手前
(
てめへ
)
は
親
(
おや
)
の
日
(
ひ
)
に
腥
(
なまぐ
)
さを
喰
(
やつ
)
たであらう、ざまを
見
(
み
)
ろ
廻
(
まは
)
りの
廻
(
まは
)
りの
小佛
(
こぼとけ
)
と
朋輩
(
ほうばい
)
の
鼻垂
(
はなた
)
れに
仕事
(
しごと
)
の
上
(
うへ
)
の
仇
(
あだ
)
を
返
(
かへ
)
されて、
鐵拳
(
かなこぶし
)
に
撲倒
(
はりたふ
)
す
勇氣
(
ゆうき
)
はあれど
誠
(
まこと
)
に
父母
(
ちゝはゝ
)
いかなる
日
(
ひ
)
に
失
(
う
)
せて
何時
(
いつ
)
を
精進日
(
しやうじんび
)
とも
心得
(
こゝろえ
)
なき
身
(
み
)
の、
心細
(
こゝろぼそ
)
き
事
(
こと
)
を
思
(
おも
)
ふては
干場
(
ほしば
)
の
傘
(
かさ
)
のかげに
隱
(
かく
)
れて
大地
(
だいぢ
)
を
枕
(
まくら
)
に
仰向
(
あふむ
)
き
臥
(
ふ
)
してはこぼるゝ
涙
(
なみだ
)
を
呑込
(
のみこ
)
みぬる
悲
(
かな
)
しさ、
四季
(
しき
)
押通
(
おしとほ
)
し
油
(
あぶら
)
びかりする
目
(
め
)
くら
縞
(
じま
)
の
筒袖
(
つゝそで
)
を
振
(
ふ
)
つて
火
(
ひ
)
の
玉
(
たま
)
のやうな
子
(
こ
)
だと
町内
(
ちやうない
)
に
恐
(
こわ
)
がられる
亂暴
(
らんばう
)
も
慰
(
なぐさ
)
むる
人
(
ひと
)
なき
胸苦
(
むなぐる
)
しさの
餘
(
あま
)
り、
假
(
かり
)
にも
優
(
やさ
)
しう
言
(
い
)
ふて
呉
(
く
)
れる
人
(
ひと
)
のあれば、しがみ
附
(
つ
)
いて
取
(
とり
)
ついて
離
(
はな
)
れがたなき
思
(
おも
)
ひなり。
仕事屋
(
しごとや
)
のお
京
(
きやう
)
は
今年
(
ことし
)
の
春
(
はる
)
より
此裏
(
このうら
)
へと
越
(
こ
)
して
來
(
き
)
し
者
(
もの
)
なれど
物事
(
ものごと
)
に
氣才
(
きさい
)
の
利
(
き
)
きて
長屋中
(
ながやぢゆう
)
への
交際
(
つきあひ
)
もよく、
大屋
(
おほや
)
なれば
傘屋
(
かさや
)
の
者
(
もの
)
へは
殊更
(
ことさら
)
に
愛想
(
あいさう
)
を
見
(
み
)
せ、
小僧
(
こぞう
)
さん
達
(
たち
)
着
(
き
)
る
物
(
もの
)
のほころびでも
切
(
き
)
れたなら
私
(
わたし
)
の
家
(
うち
)
へ
持
(
も
)
つてお
出
(
いで
)
、お
家
(
うち
)
は
御多人數
(
ごたにんず
)
お
内儀
(
かみ
)
さんの
針
(
はり
)
持
(
も
)
つていらつしやる
暇
(
ひま
)
はあるまじ、
私
(
わたし
)
は
常住
(
じやうじゆう
)
仕事
(
しごと
)
疊紙
(
たゝう
)
と
首
(
くび
)
つ
引
(
ぴき
)
の
身
(
み
)
なればほんの
一針
(
ひとはり
)
造作
(
ざうさ
)
は
無
(
な
)
い、
一人住居
(
ひとりずまゐ
)
の
相手
(
あひて
)
なしに
毎日
(
まいにち
)
毎夜
(
まいや
)
さびしく
暮
(
くら
)
して
居
(
ゐ
)
るなれば
手
(
て
)
すきの
時
(
とき
)
には
遊
(
あそ
)
びにも
來
(
き
)
て
下
(
くだ
)
され、
私
(
わたし
)
は
此樣
(
こん
)
ながらがらした
氣
(
き
)
なれば
吉
(
きつ
)
ちやんのやうな
暴
(
あば
)
れさんが
大好
(
だいす
)
き、
疳癪
(
かんしやく
)
がおこつた
時
(
とき
)
には
表
(
おもて
)
の
米屋
(
こめや
)
が
白犬
(
しろいぬ
)
を
擲
(
は
)
ると
思
(
おも
)
ふて
私
(
わたし
)
の
家
(
うち
)
の
洗
(
あら
)
ひかへしを
光澤出
(
つやだ
)
しの
小槌
(
こづち
)
に、
碪
(
きぬた
)
うちでも
遣
(
や
)
りに
來
(
き
)
て
下
(
くだ
)
され、それならばお
前
(
まへ
)
さんも
人
(
ひと
)
に
憎
(
にく
)
まれず
私
(
わたし
)
の
方
(
はう
)
でも
大助
(
おほだす
)
かり、ほんに
兩爲
(
りやうだめ
)
で
御座
(
ござ
)
んすほどにと
戯言
(
じようだん
)
まじり
何時
(
いつ
)
となく
心安
(
こゝろやす
)
く、お
京
(
きやう
)
さんお
京
(
きやう
)
さんとて
入浸
(
いりびた
)
るを
職人
(
しよくにん
)
ども
挑發
(
からかひ
)
ては
帶屋
(
おびや
)
の
大將
(
たいしやう
)
のあちらこちら、
桂川
(
かつらがは
)
の
幕
(
まく
)
が
出
(
で
)
る
時
(
とき
)
はお
半
(
はん
)
の
脊
(
せな
)
に
長右衞門
(
ちやううゑもん
)
と
唱
(
うた
)
はせて
彼
(
あ
)
の
帶
(
おび
)
の
上
(
うへ
)
へちよこなんと
乘
(
の
)
つて
出
(
で
)
るか、
此奴
(
こいつ
)
は
好
(
い
)
いお
茶番
(
ちやばん
)
だと
笑
(
わら
)
はれるに、
男
(
をとこ
)
なら
眞似
(
まね
)
て
見
(
み
)
ろ、
仕事
(
しごと
)
やの
家
(
うち
)
へ
行
(
い
)
つて
茶棚
(
ちやだな
)
の
奧
(
おく
)
の
菓子鉢
(
くわしばち
)
の
中
(
なか
)
に、
今日
(
けふ
)
は
何
(
なに
)
が
何箇
(
いくつ
)
あるまで
知
(
し
)
つて
居
(
ゐ
)
るのは
恐
(
おそ
)
らく
己
(
お
)
れの
外
(
ほか
)
には
有
(
あ
)
るまい、
質屋
(
しちや
)
の
兀頭
(
はげあたま
)
めお
京
(
きやう
)
さんに
首
(
くび
)
つたけで、
仕事
(
しごと
)
を
頼
(
たの
)
むの
何
(
なに
)
が
何
(
ど
)
うしたとか
小
(
こ
)
うるさく
這入込
(
はいりこ
)
んでは
前
(
まへ
)
だれの
半襟
(
はんえり
)
の
帶
(
おび
)
つ
皮
(
かは
)
のと
附屆
(
つけとゞけ
)
をして
御機嫌
(
ごきげん
)
を
取
(
と
)
つては
居
(
ゐ
)
るけれど、つひしか
喜
(
よろこ
)
んだ
挨拶
(
あいさつ
)
をした
事
(
こと
)
が
無
(
な
)
い、ましてや
夜
(
よる
)
でも
夜中
(
よなか
)
でも
傘屋
(
かさや
)
の
吉
(
きち
)
が
來
(
き
)
たとさへ
言
(
い
)
へば
寢間着
(
ねまき
)
のまゝで
格子戸
(
かうしと
)
を
明
(
あ
)
けて、
今日
(
けふ
)
は
一日
(
いちにち
)
遊
(
あそ
)
びに
來
(
こ
)
なかつたね、
何
(
ど
)
うかお
爲
(
し
)
か、
案
(
あん
)
じて
居
(
ゐ
)
たにと
手
(
て
)
を
取
(
と
)
つて
引入
(
ひきい
)
れられる
者
(
もの
)
が
他
(
ほか
)
にあらうか、お
氣
(
き
)
の
毒樣
(
どくさま
)
なこつたが
獨活
(
うど
)
の
大木
(
たいぼく
)
は
役
(
やく
)
にたゝない、
山椒
(
さんしよ
)
は
小粒
(
こつぶ
)
で
珍重
(
ちんちよう
)
されると
高
(
たか
)
い
事
(
こと
)
をいふに、
此野郎
(
このやらう
)
めと
脊
(
せ
)
を
酷
(
ひど
)
く
打
(
う
)
たれて、
有
(
あり
)
がたう
御座
(
ござ
)
いますと
澄
(
す
)
まして
行
(
ゆ
)
く
顏
(
かほ
)
つき
身長
(
せい
)
さへあれば
人
(
ひと
)
串戯
(
じようだん
)
とて
恕
(
ゆる
)
すまじけれど、
一寸法師
(
いつすんぼし
)
の
生意氣
(
なまいき
)
と
爪
(
つま
)
はじきして
好
(
い
)
い
嬲
(
なぶ
)
りものに
烟草休
(
たばこやす
)
みの
話
(
はな
)
しの
種
(
たね
)
なりき。
下
十二月三十日
(
じふにぐわつさんじふにち
)
の
夜
(
よ
)
、
吉
(
きち
)
は
坂上
(
さかうへ
)
の
得意場
(
とくいば
)
へ
誂
(
あつら
)
への
日限
(
にちげん
)
の
遲
(
おく
)
れしを
詫
(
わ
)
びに
行
(
ゆ
)
きて、
歸
(
かへ
)
りは
懷手
(
ふところで
)
の
急
(
いそ
)
ぎ
足
(
あし
)
、
草履
(
ざうり
)
下駄
(
げた
)
の
先
(
さき
)
にかゝるものは
面白
(
おもしろ
)
づくに
蹴
(
け
)
かへして、ころ〳〵と
轉
(
ころ
)
げる、
右
(
みぎ
)
に
左
(
ひだり
)
に
追
(
お
)
ひかけては
大溝
(
おほどぶ
)
の
中
(
なか
)
へ
蹴落
(
けおと
)
して
一人
(
ひとり
)
から〳〵と
高笑
(
たかわら
)
ひ、
聞
(
き
)
く
者
(
もの
)
なくて
天上
(
てんじやう
)
のお
月
(
つき
)
さま
宛
(
さ
)
も
皓々
(
こう〳〵
)
と
照
(
てら
)
し
給
(
たま
)
ふを
寒
(
さぶ
)
いといふ
事
(
こと
)
知
(
し
)
らぬ
身
(
み
)
なれば
唯
(
たゞ
)
こゝちよく
爽
(
さはや
)
かにて、
歸
(
かへ
)
りは
例
(
れい
)
の
窓
(
まど
)
を
敲
(
たゝ
)
いてと
目算
(
もくさん
)
ながら
横町
(
よこちやう
)
を
曲
(
まが
)
れば、いきなり
後
(
あと
)
より
追
(
お
)
ひすがる
人
(
ひと
)
の、
兩手
(
りやうて
)
に
目
(
め
)
を
隱
(
かく
)
して
忍
(
しの
)
び
笑
(
わら
)
ひするに、
誰
(
だ
)
れだ
誰
(
だ
)
れだと
指
(
ゆび
)
を
撫
(
な
)
でゝ、
何
(
なん
)
だお
京
(
きやう
)
さんか、
小指
(
こゆび
)
のまむしが
物
(
もの
)
を
言
(
い
)
ふ、
嚇
(
おど
)
かしても
駄目
(
だめ
)
だよと
顏
(
かほ
)
を
振
(
ふり
)
のけるに、
憎
(
にく
)
らしい
當
(
あ
)
てられて
仕舞
(
しま
)
つたと
笑
(
わら
)
ひ
出
(
だ
)
す。お
京
(
きやう
)
はお
高祖頭巾
(
こそづきん
)
眉深
(
まぶか
)
に
風通
(
ふうつう
)
の
羽織
(
はおり
)
着
(
き
)
て
例
(
いつも
)
に
似合
(
にあは
)
ぬ
美
(
よ
)
き
粧
(
なり
)
なるを、
吉三
(
きちざう
)
は
見
(
み
)
あげ
見
(
み
)
おろして、お
前
(
まへ
)
何處
(
どこ
)
へ
行
(
ゆ
)
きなすつたの、
今日
(
けふ
)
明日
(
あす
)
は
忙
(
いそ
)
がしくてお
飯
(
まんま
)
を
喰
(
た
)
べる
間
(
ま
)
もあるまいと
言
(
い
)
ふたではないか、
何處
(
どこ
)
へお
客樣
(
きやくさま
)
にあるいて
居
(
ゐ
)
たのと
不審
(
ふしん
)
を
立
(
た
)
てられて、
取越
(
とりこ
)
しの
御年始
(
ごねんし
)
さと
素知
(
そし
)
らぬ
顏
(
かほ
)
をすれば、
嘘
(
うそ
)
を
言
(
い
)
つてるぜ
三十日
(
みそか
)
の
年始
(
ねんし
)
を
受
(
う
)
ける
家
(
うち
)
は
無
(
な
)
いやな、
親類
(
しんるゐ
)
へでも
行
(
ゆ
)
きなすつたかと
問
(
と
)
へば、とんでもない
親類
(
しんるゐ
)
へ
行
(
ゆ
)
くやうな
身
(
み
)
に
成
(
な
)
つたのさ、
私
(
わたし
)
は
明日
(
あす
)
あの
裏
(
うら
)
の
移轉
(
ひつこし
)
をするよ、あんまりだしぬけだから
嘸
(
さぞ
)
お
前
(
まへ
)
おどろくだらうね、
私
(
わたし
)
も
少
(
すこ
)
し
不意
(
ふい
)
なのでまだ
本當
(
ほんたう
)
とも
思
(
おも
)
はれない、
兎
(
と
)
も
角
(
かく
)
喜
(
よろこ
)
んでお
呉
(
く
)
れ
惡
(
わる
)
い
事
(
こと
)
では
無
(
な
)
いからと
言
(
い
)
ふに、
本當
(
ほんたう
)
か、
本當
(
ほんたう
)
か、
吉
(
きち
)
は
呆
(
あき
)
れて、
嘘
(
うそ
)
では
無
(
な
)
いか
串戯
(
じようだん
)
では
無
(
な
)
いか、
其樣
(
そん
)
な
事
(
こと
)
を
言
(
い
)
つておどかして
呉
(
く
)
れなくても
宜
(
よ
)
い、
己
(
お
)
れはお
前
(
まへ
)
が
居
(
ゐ
)
なくなつたら
少
(
すこ
)
しも
面白
(
おもしろ
)
い
事
(
こと
)
は
無
(
な
)
くなつて
仕舞
(
しま
)
ふのだから
其樣
(
そん
)
な
厭
(
いや
)
な
戯言
(
じようだん
)
は
廢
(
よ
)
しにしてお
呉
(
く
)
れ、えゝ
詰
(
つま
)
らない
事
(
こと
)
を
言
(
い
)
ふ
人
(
ひと
)
だと
頭
(
かしら
)
をふるに、
嘘
(
うそ
)
ではないよ
何時
(
いつ
)
かお
前
(
まへ
)
が
言
(
い
)
つた
通
(
とほ
)
り
上等
(
じやうとう
)
の
運
(
うん
)
が
馬車
(
ばしや
)
に
乘
(
の
)
つて
迎
(
むか
)
ひに
來
(
き
)
たといふ
騷
(
さわ
)
ぎだから
彼處
(
あすこ
)
の
裏
(
うら
)
には
居
(
ゐ
)
られない、
吉
(
きつ
)
ちやん
其
(
その
)
うちに
糸織
(
いとおり
)
ぞろひを
調製
(
こしら
)
へて
上
(
あげ
)
るよと
言
(
い
)
へば、
厭
(
いや
)
だ、
己
(
お
)
れは
其樣
(
そん
)
な
物
(
もの
)
は
貰
(
もら
)
ひたくない、お
前
(
まへ
)
その
好
(
い
)
い
運
(
うん
)
といふは
詰
(
つま
)
らぬ
處
(
ところ
)
へ
行
(
ゆ
)
かうといふのではないか、
一昨日
(
をとゝひ
)
自家
(
うち
)
の
半次
(
はんじ
)
さんが
左樣
(
さう
)
言
(
い
)
つて
居
(
ゐ
)
たに、
仕事
(
しごと
)
やのお
京
(
きやう
)
さんは
八百屋横町
(
やほやよこちやう
)
に
按摩
(
あんま
)
をして
居
(
ゐ
)
る
伯父
(
をぢ
)
さんが
口入
(
くちい
)
れで
何處
(
どこ
)
のかお
邸
(
やしき
)
へ
御奉公
(
ごほうこう
)
に
出
(
で
)
るのださうだ、
何
(
なに
)
お
小間使
(
こまづか
)
ひといふ
年
(
とし
)
ではなし、
奧
(
おく
)
さまのお
側
(
そば
)
やお
縫物師
(
ぬひものし
)
の
譯
(
わけ
)
はない、
三
(
み
)
つ
輪
(
わ
)
に
結
(
ゆ
)
つて
總
(
ふさ
)
の
下
(
さが
)
つた
被布
(
ひふ
)
を
着
(
き
)
るお
妾
(
めかけ
)
さまに
相違
(
さうゐ
)
は
無
(
な
)
い、
何
(
ど
)
うしてあの
顏
(
かほ
)
で
仕事
(
しごと
)
やが
通
(
とほ
)
せるものかと
此樣
(
こん
)
な
事
(
こと
)
を
言
(
い
)
つて
居
(
ゐ
)
た、
己
(
お
)
れは
其樣
(
そん
)
な
事
(
こと
)
は
無
(
な
)
いと
思
(
おも
)
ふから、
聞違
(
きゝちが
)
ひだらうと
言
(
い
)
つて
大喧嘩
(
おほげんくわ
)
を
遣
(
や
)
つたのだが、お
前
(
まへ
)
もしや
其處
(
そこ
)
へ
行
(
ゆ
)
くのでは
無
(
な
)
いか、
其
(
その
)
お
邸
(
やしき
)
へ
行
(
ゆ
)
くのであらう、と
問
(
と
)
はれて、
何
(
なに
)
も
私
(
わたし
)
だとて
行
(
ゆ
)
きたい
事
(
こと
)
は
無
(
な
)
いけれど
行
(
ゆ
)
かなければならないのさ、
吉
(
きつ
)
ちやんお
前
(
まへ
)
にもゝう
逢
(
あ
)
はれなくなるねえ、とて
唯
(
たゞ
)
言
(
い
)
ふことながら
萎
(
しを
)
れて
聞
(
きこ
)
ゆれば、どんな
出世
(
しゆつせ
)
に
成
(
な
)
るのか
知
(
し
)
らぬが
其處
(
そこ
)
へ
行
(
ゆ
)
くのは
廢
(
よ
)
したが
宜
(
よ
)
からう、
何
(
なに
)
もお
前
(
まへ
)
女口
(
をんなぐち
)
一
(
ひと
)
つ
針仕事
(
はりしごと
)
で
通
(
とほ
)
せない
事
(
こと
)
もなからう、あれほど
利
(
き
)
く
手
(
て
)
を
持
(
も
)
つて
居
(
ゐ
)
ながら
何故
(
なぜ
)
つまらない
其樣
(
そん
)
な
事
(
こと
)
を
始
(
はじ
)
めたのか、あんまり
情
(
なさけ
)
ないではないかと
吉
(
きち
)
は
我身
(
わがみ
)
の
潔白
(
けつぱく
)
に
較
(
くら
)
べて、お
廢
(
よ
)
しよ、お
廢
(
よ
)
しよ、
斷
(
ことわ
)
つてお
仕舞
(
しまひ
)
なと
言
(
い
)
へば、
困
(
こま
)
つたねとお
京
(
きやう
)
は
立止
(
たちど
)
まつて、それでも
吉
(
きつ
)
ちやん
私
(
わたし
)
は
洗
(
あら
)
ひ
張
(
はり
)
に
倦
(
あ
)
きが
來
(
き
)
て、もうお
妾
(
めかけ
)
でも
何
(
なん
)
でも
宜
(
よ
)
い、
何
(
ど
)
うで
此樣
(
こん
)
な
詰
(
つま
)
らないづくめだから、いつその
腐
(
くさ
)
れ
縮緬着物
(
ちりめんぎもの
)
で
世
(
よ
)
を
過
(
す
)
ごさうと
思
(
おも
)
ふのさ。
思
(
おも
)
ひ
切
(
き
)
つた
事
(
こと
)
を
我
(
わ
)
れ
知
(
し
)
らず
言
(
い
)
つてほゝと
笑
(
わら
)
ひしが、
兎
(
と
)
も
角
(
かく
)
も
家
(
うち
)
へ
行
(
ゆ
)
かうよ、
吉
(
きつ
)
ちやん
少
(
すこ
)
しお
急
(
いそ
)
ぎと
言
(
い
)
はれて、
何
(
なん
)
だか
己
(
お
)
れは
根
(
ね
)
つから
面白
(
おもしろ
)
いとも
思
(
おも
)
はれない、お
前
(
まへ
)
まあ
先
(
さき
)
へお
出
(
いで
)
よと
後
(
あと
)
に
附
(
つ
)
いて、
地上
(
ちじやう
)
に
長
(
なが
)
き
影法師
(
かげばふし
)
を
心細
(
こゝろぼそ
)
げに
踏
(
ふ
)
んで
行
(
ゆ
)
く、いつしか
傘屋
(
かさや
)
の
路次
(
ろじ
)
を
入
(
い
)
つてお
京
(
きやう
)
が
例
(
れい
)
の
窓下
(
まどした
)
に
立
(
た
)
てば、
此處
(
こゝ
)
をば
毎夜
(
まいよ
)
音
(
おと
)
づれて
呉
(
く
)
れたのなれど、
明日
(
あす
)
の
晩
(
ばん
)
はもうお
前
(
まへ
)
の
聲
(
こゑ
)
も
聞
(
き
)
かれない、
世
(
よ
)
の
中
(
なか
)
つて
厭
(
いや
)
なものだねと
歎息
(
たんそく
)
するに、それはお
前
(
まへ
)
の
心
(
こゝろ
)
がらだとて
不滿
(
ふまん
)
らしう
吉三
(
きちざう
)
の
言
(
い
)
ひぬ。
お
京
(
きやう
)
は
家
(
うち
)
に
入
(
い
)
るより
洋燈
(
らんぷ
)
に
火
(
ひ
)
を
點
(
うつ
)
して、
火鉢
(
ひばち
)
を
掻
(
か
)
きおこし、
吉
(
きつ
)
ちやんやお
焙
(
あた
)
りよと
聲
(
こゑ
)
をかけるに
己
(
お
)
れは
厭
(
いや
)
だと
言
(
い
)
つて
柱際
(
はしらぎは
)
に
立
(
た
)
つて
居
(
ゐ
)
るを、それでもお
前
(
まへ
)
寒
(
さぶ
)
からうではないか
風
(
かぜ
)
を
引
(
ひ
)
くといけないと
氣
(
き
)
を
附
(
つ
)
ければ、
引
(
ひ
)
いても
宜
(
よ
)
いやね、
構
(
かま
)
はずに
置
(
お
)
いてお
呉
(
く
)
れと
下
(
した
)
を
向
(
む
)
いて
居
(
ゐ
)
るに、お
前
(
まへ
)
は
何
(
ど
)
うかおしか、
何
(
なん
)
だか
可笑
(
をか
)
しな
樣子
(
やうす
)
だね
私
(
わたし
)
の
言
(
い
)
ふ
事
(
こと
)
が
何
(
なに
)
か
疳
(
かん
)
にでも
障
(
さは
)
つたの、それなら
其
(
その
)
やうに
言
(
い
)
つて
呉
(
く
)
れたが
宜
(
い
)
い、
默
(
だま
)
つて
其樣
(
そん
)
な
顏
(
かほ
)
をして
居
(
ゐ
)
られると
氣
(
き
)
に
成
(
な
)
つて
仕方
(
しかた
)
が
無
(
な
)
いと
言
(
い
)
へば、
氣
(
き
)
になんぞ
懸
(
か
)
けなくてもいゝよ、
己
(
お
)
れも
傘屋
(
かさや
)
の
吉三
(
きちざう
)
だ
女
(
をんな
)
のお
世話
(
せわ
)
には
成
(
な
)
らないと
言
(
い
)
つて、
凭
(
より
)
かかりし
柱
(
はしら
)
に
脊
(
せ
)
を
擦
(
こす
)
りながら、あゝ
詰
(
つま
)
らない
面白
(
おもしろ
)
くない、
己
(
お
)
れは
本當
(
ほんたう
)
に
何
(
なん
)
と
言
(
い
)
ふのだらう、いろいろの
人
(
ひと
)
が
鳥渡
(
ちよつと
)
好
(
い
)
い
顏
(
かほ
)
を
見
(
み
)
せて
直樣
(
すぐさま
)
つまらない
事
(
こと
)
に
成
(
な
)
つて
仕舞
(
しま
)
ふのだ、
傘屋
(
かさや
)
の
先
(
せん
)
のお
老婆
(
ばあ
)
さんも
善
(
い
)
い
人
(
ひと
)
であつたし、
紺屋
(
こうや
)
のお
絹
(
きぬ
)
さんといふ
縮
(
ちゞ
)
れつ
毛
(
け
)
の
人
(
ひと
)
も
可愛
(
かあい
)
がつて
呉
(
く
)
れたのだけれど、お
老婆
(
ばあ
)
さんは
中風
(
ちゆうふう
)
で
死
(
し
)
ぬし、お
絹
(
きぬ
)
さんはお
嫁
(
よめ
)
に
行
(
ゆ
)
くを
厭
(
いや
)
がつて
裏
(
うら
)
の
井戸
(
ゐど
)
へ
飛込
(
とびこ
)
んで
仕舞
(
しま
)
つた、お
前
(
まへ
)
は
不人情
(
ふにんじやう
)
で
己
(
お
)
れを
捨
(
す
)
てゝ
行
(
ゆ
)
くし、もう
何
(
なに
)
も
彼
(
か
)
もつまらない、
何
(
なん
)
だ
傘屋
(
かさや
)
の
油
(
あぶら
)
ひきなんぞ、
百人前
(
ひやくにんまへ
)
の
仕事
(
しごと
)
をしたからとつて
褒美
(
はうび
)
の
一
(
ひと
)
つも
出
(
で
)
やうでは
無
(
な
)
し、
朝
(
あさ
)
から
晩
(
ばん
)
まで
一寸法師
(
いつすんぼし
)
の
言
(
い
)
はれつゞけで、それだからと
言
(
い
)
つて
一生
(
いつしやう
)
經
(
た
)
つても
此
(
この
)
身長
(
せい
)
が
延
(
の
)
びやうかい、
待
(
ま
)
てば
甘露
(
かんろ
)
といふけれど
己
(
お
)
れなんぞは
一日々々
(
いちにち〳〵
)
厭
(
いや
)
な
事
(
こと
)
ばかり
降
(
ふ
)
つて
來
(
き
)
やがる、
一昨日
(
をとゝひ
)
半次
(
はんじ
)
の
奴
(
やつ
)
と
大喧嘩
(
おほげんくわ
)
をやつて、お
京
(
きやう
)
さんばかりは
人
(
ひと
)
の
妾
(
めかけ
)
に
出
(
で
)
るやうな
腸
(
はらわた
)
の
腐
(
くさ
)
つたのではないと
威張
(
ゐば
)
つたに、
五日
(
いつか
)
とたゝずに
兜
(
かぶと
)
をぬがなければ
成
(
な
)
らないのであらう、そんな
嘘
(
うそ
)
つ
吐
(
つ
)
きの、ごまかしの、
慾
(
よく
)
の
深
(
ふか
)
いお
前
(
まへ
)
さんを
姉
(
ねえ
)
さん
同樣
(
どうやう
)
に
思
(
おも
)
つて
居
(
ゐ
)
たが
口惜
(
くちを
)
しい、もうお
京
(
きやう
)
さんお
前
(
まへ
)
には
逢
(
あ
)
はないよ、
何
(
ど
)
うしてもお
前
(
まへ
)
には
逢
(
あ
)
はないよ、
長々
(
なが〳〵
)
御世話
(
おせわ
)
さま
此處
(
こゝ
)
からお
禮
(
れい
)
を
申
(
まを
)
します、
人
(
ひと
)
をつけ、もう
誰
(
だれ
)
の
事
(
こと
)
も
當
(
あ
)
てにするものか、
左樣
(
さやう
)
なら、と
言
(
い
)
つて
立
(
たち
)
あがり
沓
(
くつ
)
ぬぎの
草履
(
ざうり
)
下駄
(
げた
)
足
(
あし
)
に
引
(
ひき
)
かくるを、あれ
吉
(
きつ
)
ちやんそれはお
前
(
まへ
)
勘違
(
かんちが
)
ひだ、
何
(
なに
)
も
私
(
わたし
)
が
此處
(
こゝ
)
を
離
(
はな
)
れるとてお
前
(
まへ
)
を
見捨
(
みす
)
てる
事
(
こと
)
はしない、
私
(
わたし
)
はほんとに
兄弟
(
きやうだい
)
とばかり
思
(
おも
)
ふのだもの
其樣
(
そん
)
な
愛想
(
あいそ
)
づかしは
酷
(
ひど
)
からう、と
後
(
うしろ
)
から
羽
(
は
)
がひじめに
抱
(
だ
)
き
止
(
と
)
めて、
氣
(
き
)
の
早
(
はや
)
い
子
(
こ
)
だねとお
京
(
きやう
)
の
諭
(
さと
)
せば、そんならお
妾
(
めかけ
)
に
行
(
ゆ
)
くを
廢
(
や
)
めにしなさるかと
振
(
ふり
)
かへられて、
誰
(
だ
)
れも
願
(
ねが
)
ふて
行
(
ゆ
)
く
處
(
ところ
)
では
無
(
な
)
いけれど、
私
(
わたし
)
は
何
(
ど
)
うしても
斯
(
か
)
うと
決心
(
けつしん
)
して
居
(
ゐ
)
るのだからそれは
折角
(
せつかく
)
だけれど
肯
(
きか
)
れないよと
言
(
い
)
ふに、
吉
(
きち
)
は
涙
(
なみだ
)
の
眼
(
め
)
に
見
(
み
)
つめて、お
京
(
きやう
)
さん
後生
(
ごしやう
)
だから
此肩
(
こゝ
)
の
手
(
て
)
を
放
(
はな
)
しておくんなさい。
出典:青空文庫(
https://www.aozora.gr.jp/cards/000064/files/56008_54974.html
)
青空文庫の奥付
底本:「樋口一葉全集第二卷」新世社
1941(昭和16)年7月18日発行
1942(昭和17)年4月10日再版
底本の親本:「校訂一葉全集」博文館
1897(明治30)年1月9日発行
1897(明治30)年6月再版
初出:「国民之友 二七七号」
1896(明治29)年1月4日
※送りがな、振りがな、漢字の使い方の不統一は、底本通りです。
※誤植を疑った箇所を、「校訂一葉全集」博文館、1897(明治30)年1月9日発行の表記にそって、あらためました。
入力:万波通彦
校正:岡村和彦
2014年11月14日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、
青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)
で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
keyboard_double_arrow_left
menu