にごりえ
樋口 一葉
一
おい
木村
(
きむら
)
さん
信
(
しん
)
さん
寄
(
よ
)
つてお
出
(
いで
)
よ、お
寄
(
よ
)
りといつたら
寄
(
よ
)
つても
宜
(
い
)
いではないか、
又
(
また
)
素通
(
すどほ
)
りで二
葉
(
ば
)
やへ
行
(
ゆ
)
く
氣
(
き
)
だらう、
押
(
おし
)
かけて
行
(
ゆ
)
つて
引
(
ひき
)
ずつて
來
(
く
)
るからさう
思
(
おも
)
ひな、ほんとにお
湯
(
ぶう
)
なら
歸
(
かへ
)
りに
吃度
(
きつと
)
よつてお
呉
(
く
)
れよ、
嘘
(
うそ
)
つ
吐
(
つ
)
きだから
何
(
なに
)
を
言
(
い
)
ふか
知
(
し
)
れやしないと
店先
(
みせさき
)
に
立
(
た
)
つて
馴染
(
なじみ
)
らしき
突
(
つツ
)
かけ
下駄
(
げた
)
の
男
(
をとこ
)
をとらへて
小言
(
こゞと
)
をいふやうな
物
(
もの
)
の
言
(
い
)
ひぶり、
腹
(
はら
)
も
立
(
た
)
たずか
言譯
(
いひわけ
)
しながら
後刻
(
のち
)
に
後刻
(
のち
)
にと
行過
(
ゆきすぎ
)
るあとを、
一寸
(
ちよつと
)
舌打
(
したうち
)
しながら
見送
(
みおく
)
つて
後
(
のち
)
にも
無
(
な
)
いもんだ
來
(
く
)
る
氣
(
き
)
もない
癖
(
くせ
)
に、
本當
(
ほんとう
)
に
女房
(
にようぼう
)
もちに
成
(
な
)
つては
仕方
(
しかた
)
がないねと
店
(
みせ
)
に
向
(
むか
)
つて
閾
(
しきい
)
をまたぎながら
一人言
(
ひとりごと
)
をいへば、
高
(
たか
)
ちやん
大分
(
だいぶ
)
御述懷
(
ごじつくわい
)
だね、
何
(
なに
)
もそんなに
案
(
あん
)
じるにも
及
(
およ
)
ぶまい
燒棒
(
やけぼつくい
)
と
何
(
なに
)
とやら、
又
(
また
)
よりの
戻
(
もど
)
る
事
(
こと
)
もあるよ、
心配
(
しんぱい
)
しないで
呪
(
まじなひ
)
でもして
待
(
ま
)
つが
宜
(
い
)
いさと
慰
(
なぐ
)
さめるやうな
朋輩
(
ほうばい
)
の
口振
(
くちぶり
)
、
力
(
りき
)
ちやんと
違
(
ちが
)
つて
私
(
わた
)
しには
技倆
(
うで
)
が
無
(
な
)
いからね、
一人
(
ひとり
)
でも
逃
(
にが
)
しては
殘念
(
ざんねん
)
さ、
私
(
わた
)
しのやうな
運
(
うん
)
の
惡
(
わ
)
るい
者
(
もの
)
には
呪
(
まじなひ
)
も
何
(
なに
)
も
聞
(
き
)
きはしない、
今夜
(
こんや
)
も
又
(
また
)
木戸番
(
きどばん
)
か、
何
(
なん
)
たら
事
(
こと
)
だ
面白
(
おもしろ
)
くもないと
肝癪
(
かんしやく
)
まぎれに
店前
(
みせさき
)
へ
腰
(
こし
)
をかけて
駒下駄
(
こまげた
)
のうしろでとん〳〵と
土間
(
どま
)
を
蹴
(
け
)
るは二十の
上
(
うへ
)
を七つか十か
引眉毛
(
ひきまゆげ
)
に
作
(
つく
)
り
生際
(
はへぎは
)
、
白粉
(
おしろい
)
べつたりとつけて
唇
(
くちびる
)
は
人喰
(
ひとく
)
ふ
犬
(
いぬ
)
の
如
(
ごと
)
く、かくては
紅
(
べに
)
も
厭
(
い
)
やらしき
物
(
もの
)
なり、お
力
(
りき
)
と
呼
(
よ
)
ばれたるは
中肉
(
ちうにく
)
の
背恰好
(
せいかつかう
)
すらりつとして
洗
(
あら
)
ひ
髮
(
がみ
)
の
大嶋田
(
おほしまだ
)
に
新
(
しん
)
わらのさわやかさ、
頸
(
ゑり
)
もと
計
(
ばかり
)
の
白粉
(
おしろい
)
も
榮
(
は
)
えなく
見
(
み
)
ゆる
天然
(
てんねん
)
の
色白
(
いろじろ
)
をこれみよがしに
乳
(
ち
)
のあたりまで
胸
(
むね
)
くつろげて、
烟草
(
たばこ
)
すぱ〳〵
長烟管
(
ながぎせる
)
に
立膝
(
たてひざ
)
の
無作法
(
ぶさはう
)
さも
咎
(
とが
)
める
人
(
ひい
)
[#ルビの「ひい」はママ]
のなきこそよけれ、
思
(
おも
)
ひ
切
(
き
)
つたる
大形
(
おほがた
)
の
裕衣
(
ゆかた
)
に
引
(
ひつ
)
かけ
帶
(
おび
)
は
黒繻子
(
くろじゆす
)
と
何
(
なに
)
やらのまがひ
物
(
もの
)
、
緋
(
ひ
)
の
平
(
ひら
)
ぐけが
背
(
せ
)
の
處
(
ところ
)
に
見
(
み
)
えて
言
(
い
)
はずと
知
(
し
)
れし
此
(
この
)
あたりの
姉
(
あね
)
さま
風
(
ふう
)
なり、お
高
(
たか
)
といへるは
洋銀
(
ようぎん
)
の
簪
(
かんざし
)
で
天神
(
てんじん
)
がへしの
髷
(
まげ
)
の
下
(
した
)
を
掻
(
か
)
きながら
思
(
おも
)
ひ
出
(
だ
)
したやうに
力
(
りき
)
ちやん
先刻
(
さつき
)
の
手紙
(
てがみ
)
お
出
(
だ
)
しかといふ、はあと
氣
(
き
)
のない
返事
(
へんじ
)
をして、どうで
來
(
く
)
るのでは
無
(
な
)
いけれど、あれもお
愛想
(
あいさう
)
さと
笑
(
わら
)
つて
居
(
ゐ
)
るに、
大底
(
たいてい
)
におしよ
卷紙
(
まきがみ
)
二尋
(
ふたひろ
)
も
書
(
か
)
いて二
枚
(
まい
)
切手
(
ぎつて
)
の
大封
(
おほふう
)
じがお
愛想
(
あいさう
)
で
出來
(
でき
)
る
物
(
もの
)
かな、そして
彼
(
あ
)
の
人
(
ひと
)
は
赤坂以來
(
あかさかから
)
の
馴染
(
なじみ
)
ではないか、
少
(
すこ
)
しやそつとの
紛雜
(
いざ
)
があろうとも
縁切
(
ゑんき
)
れになつて
溜
(
たま
)
る
物
(
もの
)
か、お
前
(
まへ
)
の
出
(
で
)
かた一つで
何
(
ど
)
うでもなるに、ちつとは
精
(
せい
)
を
出
(
だ
)
して
取止
(
とりと
)
めるやうに
心
(
こゝろ
)
がけたら
宜
(
よ
)
かろ、あんまり
冥利
(
めうり
)
がよくあるまいと
言
(
い
)
へば
御親切
(
ごしんせつ
)
に
有
(
あり
)
がたう、
御異見
(
ごゐけん
)
は
承
(
うけたまは
)
り
置
(
おき
)
まして
私
(
わたし
)
はどうも
彼
(
あ
)
んな
奴
(
やつ
)
は
虫
(
むし
)
が
好
(
す
)
かないから、
無
(
な
)
き
縁
(
ゑん
)
とあきらめて
下
(
くだ
)
さいと
人事
(
ひとごと
)
のやうにいへば、あきれたものだのと
笑
(
わら
)
つてお
前
(
まへ
)
などは
其我
(
そのわが
)
まゝが
通
(
とほ
)
るから
豪勢
(
ごうせい
)
さ、
此身
(
このみ
)
になつては
仕方
(
しかた
)
がないと
團扇
(
うちは
)
を
取
(
と
)
つて
足元
(
あしもと
)
をあふぎながら、
昔
(
むか
)
しは
花
(
はな
)
よの
言
(
い
)
ひなし
可笑
(
をか
)
しく、
表
(
おもて
)
を
通
(
とほ
)
る
男
(
をとこ
)
を
見
(
み
)
かけて
寄
(
よ
)
つてお
出
(
い
)
でと
夕
(
ゆふ
)
ぐれの
店先
(
みせさき
)
にぎはひぬ。
店
(
みせ
)
は二
間
(
けん
)
間口
(
まぐち
)
の二
階
(
かい
)
作
(
づく
)
り、
軒
(
のき
)
には
御神燈
(
ごしんとう
)
さげて
盛
(
も
)
り
鹽
(
じほ
)
景氣
(
けいき
)
よく、
空壜
(
あきびん
)
か
何
(
なに
)
か
知
(
し
)
らず、
銘酒
(
めいしゆ
)
あまた
棚
(
たな
)
の
上
(
うへ
)
にならべて
帳塲
(
ちようば
)
めきたる
處
(
ところ
)
もみゆ、
勝手元
(
かつてもと
)
には七
輪
(
りん
)
を
煽
(
あほ
)
く
音
(
おと
)
折々
(
をり〳〵
)
に
騷
(
さわ
)
がしく、
女主
(
あるじ
)
が
手
(
て
)
づから
寄
(
よ
)
せ
鍋
(
なべ
)
茶椀
(
ちやわん
)
むし
位
(
ぐらい
)
はなるも
道理
(
ことわり
)
、
表
(
おもて
)
にかゝげし
看板
(
かんばん
)
を
見
(
み
)
れば
子細
(
しさい
)
らしく
御料理
(
おんりようり
)
とぞしたゝめける、さりとて
仕出
(
しだ
)
し
頼
(
たの
)
みに
行
(
ゆき
)
たらば
何
(
なに
)
とかいふらん、
俄
(
にはか
)
に
今日
(
こんにち
)
品切
(
しなぎ
)
れもをかしかるべく、
女
(
をんな
)
ならぬお
客樣
(
きやくさま
)
は
手前店
(
てまへみせ
)
へお
出
(
で
)
かけを
願
(
ねが
)
ひまするとも
言
(
い
)
ふにかたからん、
世
(
よ
)
は
御方便
(
ごはうべん
)
や
商買
(
しようばい
)
がらを
心得
(
こゝろゑ
)
て
口取
(
くちと
)
り
燒肴
(
やきざかな
)
とあつらへに
來
(
く
)
る
田舍
(
いなか
)
ものもあらざりき、お
力
(
りき
)
といふは
此家
(
このや
)
の一
枚
(
まい
)
看板
(
かんばん
)
、
年
(
とし
)
は
隨
(
ずい
)
一
若
(
わか
)
けれども
客
(
きやく
)
を
呼
(
よ
)
ぶに
妙
(
めう
)
ありて、さのみは
愛想
(
あいさう
)
の
嬉
(
うれ
)
しがらせを
言
(
い
)
ふやうにもなく
我
(
わが
)
まゝ
至極
(
しごく
)
の
身
(
み
)
の
振舞
(
ふるまい
)
、
少
(
すこ
)
し
容貌
(
きりよう
)
の
自慢
(
じまん
)
かと
思
(
おも
)
へば
小面
(
こづら
)
が
憎
(
に
)
くいと
蔭口
(
かげぐち
)
いふ
朋輩
(
はうばい
)
もありけれど、
交際
(
つきあつ
)
ては
存
(
ぞん
)
の
外
(
ほか
)
やさしい
處
(
ところ
)
があつて
女
(
おんな
)
ながらも
離
(
はな
)
れともない
心持
(
こゝろもち
)
がする、あゝ
心
(
こゝろ
)
とて
仕方
(
しかた
)
のないもの
面
(
おも
)
ざしが
何處
(
どこ
)
となく
冴
(
さ
)
へて
見
(
み
)
へるは
彼
(
あ
)
の
子
(
こ
)
の
本性
(
ほんせう
)
が
現
(
あら
)
はれるのであらう、
誰
(
たれ
)
しも
新開
(
しんかい
)
へ
這入
(
はい
)
るほどの
者
(
もの
)
で
菊
(
きく
)
の
井
(
ゐ
)
のお
力
(
りき
)
を
知
(
し
)
らぬはあるまじ、
菊
(
きく
)
の
井
(
ゐ
)
のお
力
(
りき
)
か、お
力
(
りき
)
の
菊
(
きく
)
の
井
(
ゐ
)
か、さても
近來
(
きんらい
)
まれの
拾
(
ひろ
)
ひもの、あの
娘
(
こ
)
のお
蔭
(
かげ
)
で
新開
(
しんかい
)
の
光
(
ひか
)
りが
添
(
そ
)
はつた、
抱
(
かゝ
)
へ
主
(
ぬし
)
は
神棚
(
かみだな
)
へさゝげて
置
(
お
)
いても
宜
(
い
)
いとて
軒並
(
のきなら
)
びの
羨
(
うら
)
やみ
種
(
ぐさ
)
になりぬ。
お
高
(
たか
)
は
往來
(
ゆきゝ
)
の
人
(
ひと
)
のなきを
見
(
み
)
て、
力
(
りき
)
ちやんお
前
(
まへ
)
の
事
(
こと
)
だから
何
(
なに
)
があつたからとて
氣
(
き
)
にしても
居
(
ゐ
)
まいけれど、
私
(
わたし
)
は
身
(
み
)
につまされて
源
(
げん
)
さんの
事
(
こと
)
が
思
(
おも
)
はれる、
夫
(
それ
)
は
今
(
いま
)
の
身分
(
みぶん
)
に
落
(
おち
)
ぶれては
根
(
ね
)
つから
宜
(
い
)
いお
客
(
きやく
)
ではないけれども
思
(
おも
)
ひ
合
(
あ
)
ふたからには
仕方
(
しかた
)
がない、
年
(
とし
)
が
違
(
ちが
)
をが
子
(
こ
)
があろがさ、ねへ
左樣
(
さう
)
ではないか、お
内儀
(
かみ
)
さんがあるといつて
別
(
わか
)
れられる
物
(
もの
)
かね、
構
(
かま
)
ふ
事
(
こと
)
はない
呼出
(
よびだ
)
してお
遣
(
や
)
り、
私
(
わた
)
しのなぞといつたら
野郎
(
やらう
)
が
根
(
ね
)
から
心替
(
こゝろがは
)
りがして
顏
(
かほ
)
を
見
(
み
)
てさへ
逃
(
に
)
げ
出
(
だ
)
すのだから
仕方
(
しかた
)
がない、どうで
諦
(
あきら
)
め
物
(
もの
)
で
別口
(
べつくち
)
へかゝるのだがお
前
(
まへ
)
のは
夫
(
そ
)
れとは
違
(
ちが
)
ふ、
了簡
(
りようけん
)
一つでは
今
(
いま
)
のお
内儀
(
かみ
)
さんに三
下
(
くだ
)
り
半
(
はん
)
をも
遣
(
や
)
られるのだけれど、お
前
(
まへ
)
は
氣位
(
きぐらゐ
)
が
高
(
たか
)
いから
源
(
げん
)
さんと
一處
(
ひとつ
)
にならうとは
思
(
おも
)
ふまい、
夫
(
それ
)
だもの
猶
(
なほ
)
の
事
(
こと
)
呼
(
よ
)
ぶ
分
(
ぶん
)
に
子細
(
しさい
)
があるものか、
手紙
(
てがみ
)
をお
書
(
か
)
き
今
(
いま
)
に三
河
(
かわ
)
やの
御用聞
(
ごようき
)
きが
來
(
く
)
るだろうから
彼
(
あ
)
の
子僧
(
こぞう
)
に
使
(
つか
)
ひやさんを
爲
(
さ
)
せるが
宜
(
い
)
い、
何
(
なん
)
の
人
(
ひと
)
お
孃樣
(
ぢようさま
)
ではあるまいし
御遠慮計
(
ごゑんりよばかり
)
申
(
まをし
)
てなる
物
(
もの
)
かな、お
前
(
まへ
)
は
思
(
おも
)
ひ
切
(
き
)
りが
宜
(
よ
)
すぎるからいけない
兎
(
と
)
も
角
(
かく
)
手紙
(
てがみ
)
をやつて
御覽
(
ごらん
)
、
源
(
げん
)
さんも
可愛
(
かあい
)
さうだわなと
言
(
い
)
ひながらお
力
(
りき
)
を
見
(
み
)
れば
烟管掃除
(
きせるそうじ
)
に
餘念
(
よねん
)
のなきは
俯向
(
うつむき
)
たるまゝ
物
(
もの
)
いはず。
やがて
雁首
(
がんくび
)
を
奇麗
(
きれい
)
に
拭
(
ふ
)
いて一
服
(
ぷく
)
すつてポンとはたき、
又
(
また
)
すいつけてお
高
(
たか
)
に
渡
(
わた
)
しながら
氣
(
き
)
をつけてお
呉
(
く
)
れ
店先
(
みせさき
)
で
言
(
い
)
はれると
人聞
(
ひとぎ
)
きか
惡
(
わる
)
いではないか、
菊
(
きく
)
の
井
(
ゐ
)
のお
力
(
りき
)
は
土方
(
どかた
)
の
手傳
(
てつだ
)
ひを
情夫
(
まぶ
)
に
持
(
も
)
つなどゝ
考違
(
かんちが
)
へをされてもならない、
夫
(
それ
)
は
昔
(
むか
)
しの
夢
(
ゆめ
)
がたりさ、
何
(
なん
)
の
今
(
いま
)
は
忘
(
わす
)
れて
仕舞
(
しまつ
)
て
源
(
げん
)
とも七とも
思
(
おも
)
ひ
出
(
だ
)
されぬ、もう
其話
(
そのはな
)
しは
止
(
や
)
め〳〵といひながら
立
(
たち
)
あがる
時
(
とき
)
表
(
おもて
)
を
通
(
とほ
)
る
兵兒帶
(
へこおび
)
の一むれ、これ
石川
(
いしかは
)
さん
村岡
(
むらおか
)
さんお
力
(
りき
)
の
店
(
みせ
)
をお
忘
(
わす
)
れなされたかと
呼
(
よ
)
べば、いや
相變
(
あひかは
)
らず
豪傑
(
ごうけつ
)
の
聲
(
こゑ
)
かゝり、
素通
(
すどほ
)
りもなるまいとてずつと
這入
(
はい
)
るに、
忽
(
たちま
)
ち
廊下
(
らうか
)
にばた〳〵といふ
足
(
あし
)
おと、
姉
(
ねへ
)
さんお
銚子
(
てうし
)
と
聲
(
こゑ
)
をかければ、お
肴
(
さかな
)
は
何
(
なに
)
をと
答
(
こた
)
ふ。
三味
(
さみ
)
の
音
(
ね
)
景氣
(
けいき
)
よく
聞
(
きこ
)
えて
亂舞
(
らんぶ
)
の
足音
(
あしおと
)
これよりぞ
聞
(
きこ
)
え
初
(
そめ
)
ぬ。
二
さる
雨
(
あめ
)
の
日
(
ひ
)
のつれ〴〵に
表
(
おもて
)
を
通
(
とほ
)
る
山高帽子
(
やまだかぼうし
)
の三十
男
(
をとこ
)
、あれなりと
捉
(
と
)
らずんは
此
(
この
)
降
(
ふ
)
りに
客
(
きやく
)
の
足
(
あし
)
とまるまじとお
力
(
りき
)
かけ
出
(
だ
)
して
袂
(
たもと
)
にすがり、
何
(
ど
)
うでも
遣
(
や
)
りませぬと
駄々
(
だゝ
)
をこねれば、
容貌
(
きりよう
)
よき
身
(
み
)
の一
徳
(
とく
)
、
例
(
れい
)
になき
子細
(
しさい
)
らしきお
客
(
きやく
)
を
呼入
(
よびい
)
れて二
階
(
かい
)
の六
疊
(
ぢよう
)
に
三味線
(
さみせん
)
なしのしめやかなる
物語
(
ものがたり
)
、
年
(
とし
)
を
問
(
と
)
はれて
名
(
な
)
を
問
(
と
)
はれて
其次
(
そのつぎ
)
は
親
(
おや
)
もとの
調
(
しら
)
べ、
士族
(
しぞく
)
かといへば
夫
(
そ
)
れは
言
(
い
)
はれませぬといふ、
平民
(
へいみん
)
かと
問
(
と
)
へば
何
(
ど
)
うござんしようかと
答
(
こた
)
ふ、そんなら
華族
(
くわぞく
)
と
笑
(
わら
)
ひながら
聞
(
き
)
くに、まあ
左樣
(
さう
)
おもふて
居
(
ゐ
)
て
下
(
くだ
)
され、お
華族
(
くわぞく
)
の
姫樣
(
ひいさま
)
が
手
(
て
)
づからのお
酌
(
しやく
)
、かたじけなく
御受
(
おう
)
けなされとて
波々
(
なみ〳〵
)
とつぐに、さりとは
無作法
(
ぶさはう
)
な
置
(
おき
)
つぎといふが
有
(
あ
)
る
物
(
もの
)
か、
夫
(
そ
)
れは
小笠原
(
をがさはら
)
か、
何流
(
なにりう
)
ぞといふに、お
力流
(
りきりう
)
とて
菊
(
きく
)
の
井
(
ゐ
)
一
家
(
か
)
の
左法
(
さはう
)
、
疊
(
たゝみ
)
に
酒
(
さけ
)
のまする
流氣
(
りうぎ
)
もあれば、
大平
(
おほびら
)
の
蓋
(
ふた
)
であほらする
流氣
(
りうぎ
)
もあり、いやなお
人
(
ひと
)
にはお
酌
(
しやく
)
をせぬといふが
大詰
(
おほづ
)
めの
極
(
きま
)
りでござんすとて
臆
(
おく
)
したるさまもなきに、
客
(
きやく
)
はいよ〳〵
面白
(
おもしろ
)
がりて
履歴
(
りれき
)
をはなして
聞
(
き
)
かせよ
定
(
さだ
)
めて
凄
(
すさ
)
ましい
物語
(
ものがたり
)
があるに
相違
(
さうい
)
なし、たゞの
娘
(
むすめ
)
あがりとは
思
(
おも
)
はれぬ
何
(
ど
)
うだとあるに、
御覽
(
ごらん
)
なさりませ
未
(
ま
)
だ
鬢
(
びん
)
の
間
(
あいだ
)
に
角
(
つの
)
も
生
(
は
)
へませず、
其
(
その
)
やうに
甲羅
(
かうら
)
は
經
(
へ
)
ませぬとてころ〳〵と
笑
(
わら
)
ふを、
左樣
(
さう
)
ぬけてはいけぬ、
眞實
(
しんじつ
)
の
處
(
ところ
)
を
話
(
はな
)
して
聞
(
き
)
かせよ、
素性
(
すぜう
)
が
言
(
い
)
へずは
目的
(
もくてき
)
でもいへとて
責
(
せ
)
める、むづかしうござんすね、いふたら
貴君
(
あなた
)
びつくりなさりましよ
天下
(
てんか
)
を
望
(
のぞ
)
む
大伴
(
おほとも
)
の
黒主
(
くろぬし
)
とは
私
(
わたし
)
が
事
(
こと
)
とていよ〳〵
笑
(
わら
)
ふに、これは
何
(
ど
)
うもならぬ
其
(
その
)
やうに
茶利
(
ちやり
)
ばかり
言
(
い
)
はで
少
(
すこ
)
し
眞實
(
しん
)
の
處
(
ところ
)
を
聞
(
き
)
かしてくれ、いかに
朝夕
(
てうせき
)
を
嘘
(
うそ
)
の
中
(
なか
)
に
送
(
おく
)
るからとてちつとは
誠
(
まこと
)
も
交
(
まじ
)
る
筈
(
はづ
)
、
良人
(
おつと
)
はあつたか、それとも
親故
(
おやゆゑ
)
かと
眞
(
しん
)
に
成
(
な
)
つて
聞
(
き
)
かれるにお
力
(
りき
)
かなしく
成
(
な
)
りて、
私
(
わたし
)
だとて
人間
(
にんげん
)
でござんすほどに
少
(
すこ
)
しは
心
(
こゝろ
)
にしみる
事
(
こと
)
もありまする、
親
(
おや
)
は
早
(
はや
)
くになくなつて
今
(
いま
)
は
眞實
(
ほん
)
の
手
(
て
)
と
足
(
あし
)
ばかり、
此樣
(
こん
)
な
者
(
もの
)
なれど
女房
(
にようぼう
)
に
持
(
も
)
たうといふて
下
(
くだ
)
さるも
無
(
な
)
いではなけれど
未
(
ま
)
だ
良人
(
おつと
)
をば
持
(
もち
)
ませぬ、
何
(
ど
)
うで
下品
(
げひん
)
に
育
(
そだ
)
ちました
身
(
み
)
なれば
此樣
(
こん
)
な
事
(
こと
)
して
終
(
おは
)
るのでござんしよと
投出
(
なげだ
)
したやうな
詞
(
ことば
)
に
無量
(
むりよう
)
の
感
(
かん
)
があふれてあだなる
姿
(
すがた
)
の
浮氣
(
うはき
)
らしきに
似
(
に
)
ず一
節
(
ふし
)
さむろう
樣子
(
やうす
)
のみゆるに、
何
(
なに
)
も
下品
(
げひん
)
に
育
(
そだ
)
つたからとて
良人
(
おつと
)
の
持
(
も
)
てぬ
事
(
こと
)
はあるまい、
殊
(
こと
)
にお
前
(
まへ
)
のやうな
別品
(
べつぴん
)
さむではあり、一
足
(
そく
)
とびに
玉
(
たま
)
の
輿
(
こし
)
にも
乘
(
の
)
れさうなもの、
夫
(
そ
)
れとも
其
(
その
)
やうな
奧樣
(
おくさま
)
あつかひ
虫
(
むし
)
が
好
(
す
)
かで
矢張
(
やは
)
り
傳法肌
(
でんぽうはだ
)
の三
尺
(
じやく
)
帶
(
おび
)
が
氣
(
き
)
に
入
(
い
)
るかなと
問
(
と
)
へば、どうで
其處
(
そこ
)
らが
落
(
おち
)
でござりましよ、
此方
(
こちら
)
で
思
(
おも
)
ふやうなは
先樣
(
さきさま
)
が
嫌
(
いや
)
なり、
來
(
こ
)
いといつて
下
(
くだ
)
さるお
人
(
ひと
)
の
氣
(
き
)
に
入
(
い
)
るもなし、
浮氣
(
うはき
)
のやうに
思召
(
おぼしめし
)
ましようが
其日
(
そのひ
)
送
(
おく
)
りでござんすといふ、いや
左樣
(
さう
)
は
言
(
い
)
はさぬ
相手
(
あいて
)
のない
事
(
こと
)
はあるまい、
今
(
いま
)
店先
(
みせさき
)
で
誰
(
た
)
れやらがよろしく
言
(
い
)
ふたと
他
(
ほか
)
の
女
(
おんな
)
が
言傳
(
ことづて
)
たでは
無
(
な
)
いか、いづれ
面白
(
おもしろ
)
い
事
(
こと
)
があらう
何
(
なん
)
とだといふに、あゝ
貴君
(
あなた
)
もいたり
穿索
(
せんさく
)
なさります、
馴染
(
なじみ
)
はざら一
面
(
めん
)
、
手紙
(
てがみ
)
のやりとりは
反古
(
ほご
)
の
取
(
とり
)
かヘツこ、
書
(
か
)
けと
仰
(
おつ
)
しやれば
起證
(
きせう
)
でも
誓紙
(
せいし
)
でもお
好
(
この
)
み
次第
(
しだい
)
さし
上
(
あげ
)
ませう、
女夫
(
めをと
)
やくそくなどと
言
(
い
)
つても
此方
(
こち
)
で
破
(
やぶ
)
るよりは
先方樣
(
さきさま
)
の
性根
(
せうね
)
なし、
主人
(
しゆじん
)
もちなら
主人
(
しゆじん
)
が
怕
(
こわ
)
く
親
(
おや
)
もちなら
親
(
おや
)
の
言
(
い
)
ひなり、
振向
(
ふりむ
)
ひて
見
(
み
)
てくれねば
此方
(
こちら
)
も
追
(
お
)
ひかけて
袖
(
そで
)
を
捉
(
と
)
らへるに
及
(
およ
)
ばず、
夫
(
それ
)
なら
廢
(
よ
)
せとて
夫
(
そ
)
れ
限
(
ぎ
)
りに
成
(
な
)
りまする、
相手
(
あいて
)
はいくらもあれども一
生
(
せう
)
を
頼
(
たの
)
む
人
(
ひと
)
が
無
(
な
)
いのでござんすとて
寄
(
よ
)
る
邊
(
べ
)
なげなる
風情
(
ふぜい
)
、もう
此樣
(
こん
)
な
話
(
はな
)
しは
廢
(
よ
)
しにして
陽氣
(
ようき
)
にお
遊
(
あそ
)
びなさりまし、
私
(
わたし
)
は
何
(
なに
)
も
沈
(
しづ
)
んだ
事
(
こと
)
は
大嫌
(
だいきら
)
ひ、さわいでさわいで
騷
(
さわ
)
ぎぬかうと
思
(
おも
)
ひますとて
手
(
て
)
を
扣
(
たゝ
)
いて
朋輩
(
ほうばい
)
を
呼
(
よ
)
べば
力
(
りき
)
ちやん
大分
(
だいぶ
)
おしめやかだねと三十
女
(
おんな
)
の
厚化粧
(
あつげしよう
)
が
來
(
く
)
るに、おい
此娘
(
このこ
)
の
可愛
(
かあい
)
い
人
(
ひと
)
は
何
(
なん
)
といふ
名
(
な
)
だと
突然
(
だしぬけ
)
に
問
(
と
)
はれて、はあ
私
(
わたし
)
はまだお
名前
(
なまへ
)
を
承
(
うけたまは
)
りませんでしたといふ、
嘘
(
うそ
)
をいふと
盆
(
ぼん
)
が
來
(
き
)
るに
魔樣
(
ゑんまさま
)
へお
參
(
まい
)
りが
出來
(
でき
)
まいぞと
笑
(
わら
)
へば、
夫
(
そ
)
れだとつて
貴君
(
あなた
)
今日
(
けふ
)
お
目
(
め
)
にかゝつたばかりでは
御坐
(
ござ
)
りませんか、
今
(
いま
)
改
(
あらた
)
めて
伺
(
うかゞ
)
ひに
出
(
で
)
やうとして
居
(
ゐ
)
ましたといふ、
夫
(
そ
)
れは
何
(
なん
)
の
事
(
こと
)
だ、
貴君
(
あなた
)
のお
名
(
な
)
をさと
揚
(
あ
)
げられて、
馬鹿
(
ばか
)
〳〵お
力
(
りき
)
が
怒
(
おこ
)
るぞと
大景氣
(
おほけいき
)
、
無駄
(
むだ
)
ばなしの
取
(
と
)
りやりに
調子
(
てうし
)
づいて
旦那
(
だんな
)
のお
商買
(
しようばい
)
を
當
(
あて
)
て
見
(
み
)
ませうかとお
高
(
たか
)
がいふ、
何分
(
なにぶん
)
願
(
ねが
)
ひますと
手
(
て
)
のひらを
差出
(
さしだ
)
せば、いゑ
夫
(
それ
)
には
及
(
およ
)
びませぬ
人相
(
にんさう
)
で
見
(
み
)
まするとて
如何
(
いか
)
にも
落
(
おち
)
つきたる
顏
(
かほ
)
つき、よせ〳〵じつと
眺
(
なが
)
められて
棚
(
たな
)
おろしでも
始
(
はじ
)
まつては
溜
(
たま
)
らぬ、
斯
(
か
)
う
見
(
み
)
えても
僕
(
ぼく
)
は
官員
(
くわんいん
)
だといふ、
嘘
(
うそ
)
を
仰
(
おつ
)
しやれ
日曜
(
にちよう
)
のほかに
遊
(
あそ
)
んであるく
官員樣
(
くわんいんさま
)
があります
物
(
もの
)
か、
力
(
りき
)
ちやんまあ何でいらつしやらうといふ、
化物
(
ばけもの
)
ではいらつしやらないよと
鼻
(
はな
)
の
先
(
さき
)
で
言
(
い
)
つて
分
(
わか
)
つた
人
(
ひと
)
に
御褒賞
(
ごほうび
)
たと
懷中
(
ふところ
)
から
紙入
(
かみい
)
れを
出
(
いだ
)
せば、お
力
(
りき
)
笑
(
わら
)
ひながら
高
(
たか
)
ちやん
失禮
(
しつれい
)
をいつてはならない
此
(
この
)
お
方
(
かた
)
は
御大身
(
ごだいしん
)
の
御華族樣
(
ごくわぞくさま
)
おしのびあるきの
御遊興
(
ごゆうきよう
)
さ、
何
(
なん
)
の
商買
(
しようばい
)
などがおありなさらう、そんなのでは
無
(
な
)
いと
言
(
い
)
ひながら
蒲團
(
ふとん
)
の
上
(
うへ
)
に
乘
(
の
)
せて
置
(
お
)
きし
紙入
(
かみい
)
れを
取
(
とり
)
あげて、お
相方
(
あいかた
)
の
高尾
(
たかを
)
にこれをばお
預
(
あづ
)
けなされまし、みなの
者
(
もの
)
に
祝義
(
しうぎ
)
でも
遣
(
つか
)
はしませうとて
答
(
こた
)
へも
聞
(
き
)
かずずん〳〵と
引出
(
ひきいだ
)
すを、
客
(
きやく
)
は
柱
(
はしら
)
に
寄
(
より
)
[#ルビの「より」は底本では「ちり」]
かゝつて
眺
(
なが
)
めながら
小言
(
こゞと
)
もいはず、
諸事
(
しよじ
)
おまかせ申すと
寛大
(
かんだい
)
の
人
(
ひと
)
なり。
お
高
(
たか
)
はあきれて
力
(
りき
)
ちやん
大底
(
たいてい
)
におしよといへども、
何
(
なに
)
宜
(
い
)
いのさ、これはお
前
(
まへ
)
にこれは
姉
(
ねへ
)
さんに、
大
(
おほ
)
きいので
帳塲
(
ちやうば
)
の
拂
(
はら
)
ひを
取
(
と
)
つて
殘
(
のこ
)
りは
一同
(
みんな
)
にやつても
宜
(
い
)
いと
仰
(
おつ
)
しやる、お
禮
(
れい
)
を
申
(
まをし
)
て
頂
(
いたゞ
)
いてお
出
(
い
)
でと
蒔散
(
まきち
)
らせば、これを
此娘
(
このこ
)
の十八
番
(
ばん
)
に
馴
(
な
)
れたる
事
(
こと
)
とて
左
(
さ
)
のみは
遠慮
(
ゑんりよ
)
もいふては
居
(
ゐ
)
ず、
旦那
(
だんな
)
よろしいのでございますかと
駄目
(
だめ
)
を
押
(
お
)
して、
有
(
あり
)
がたうございますと
掻
(
か
)
きさらつて
行
(
ゆ
)
くうしろ
姿
(
すがた
)
、十九にしては
更
(
ふ
)
けてるねと
旦那
(
だんな
)
どの
笑
(
わら
)
ひ
出
(
だ
)
すに、
人
(
ひと
)
の
惡
(
わ
)
るい
事
(
こと
)
を
仰
(
おつ
)
しやるとてお
力
(
りき
)
は
起
(
た
)
つて
障子
(
しやうじ
)
を
明
(
あ
)
け、
手摺
(
てす
)
りに
寄
(
よ
)
つて
頭痛
(
づつう
)
をたゝくに、お
前
(
まへ
)
はどうする
金
(
かね
)
は
欲
(
ほ
)
しくないかと
問
(
と
)
はれて、
私
(
わたし
)
は
別
(
べつ
)
にほしい
物
(
もの
)
がござんした、
此品
(
これ
)
さへ
頂
(
いたゞ
)
けば
何
(
なに
)
よりと
帶
(
おび
)
の
間
(
あひだ
)
から
客
(
きやく
)
の
名刺
(
めいし
)
をとり
出
(
だ
)
して
頂
(
いたゞ
)
くまねをすれば、
何時
(
いつ
)
の
間
(
ま
)
に
引出
(
ひきだ
)
した、お
取
(
とり
)
かへには
寫眞
(
しやしん
)
をくれとねだる、
此次
(
このつぎ
)
の
土曜日
(
どようび
)
に
來
(
き
)
て
下
(
くだ
)
されば
御一處
(
ごいつしよ
)
にうつしませうとて
歸
(
かへ
)
りかゝる
客
(
きやく
)
を
左
(
さ
)
のみは
止
(
と
)
めもせず、うしろに
廻
(
まは
)
りて
羽織
(
はをり
)
をきせながら、
今日
(
けふ
)
は
失禮
(
しつれい
)
を
致
(
いた
)
しました、
亦
(
また
)
のお
出
(
いで
)
を
待
(
まち
)
ますといふ、おい
程
(
ほど
)
の
宜
(
い
)
い
事
(
こと
)
をいふまいぞ、
空誓文
(
そらせいもん
)
は
御免
(
ごめん
)
だと
笑
(
わら
)
ひながらさつ〳〵と
立
(
た
)
つて
階段
(
はしご
)
を
下
(
お
)
りるに、お
力
(
りき
)
帽子
(
ぼうし
)
を
手
(
て
)
にして
後
(
うしろ
)
から
追
(
お
)
ひすがり、
嘘
(
うそ
)
か
誠
(
まこと
)
か九十九
夜
(
よ
)
の
辛棒
(
しんぼう
)
をなさりませ、
菊
(
きく
)
の
井
(
ゐ
)
のお
力
(
りき
)
は
鑄型
(
いがた
)
に
入
(
はい
)
つた
女
(
おんな
)
でござんせぬ、
又
(
また
)
形
(
なり
)
のかはる
事
(
こと
)
もありまするといふ、
旦那
(
だんな
)
お
歸
(
かへ
)
りと
聞
(
きい
)
て
朋輩
(
ほうばい
)
の
女
(
をんな
)
、
帳塲
(
ちやうば
)
の
女主
(
あるじ
)
もかけ
出
(
だ
)
して
唯今
(
たゞいま
)
は
有
(
あり
)
がたうと
同音
(
どうおん
)
の
御禮
(
おれい
)
、
頼
(
たの
)
んで
置
(
お
)
いた
車
(
くるま
)
が
來
(
き
)
しとて
此處
(
こゝ
)
からして
乘
(
の
)
り
出
(
だ
)
せば、
家中
(
うちゞう
)
表
(
おもて
)
へ
送
(
おく
)
り
出
(
だ
)
してお
出
(
いで
)
を
待
(
まち
)
まするの
愛想
(
あいさう
)
、
御祝儀
(
ごしうぎ
)
の
餘光
(
ひかり
)
としられて、
後
(
あと
)
には
力
(
りき
)
ちやん
大明神樣
(
だいめうじんさま
)
これにも
有
(
あり
)
がたうの
御禮
(
おれい
)
山々
(
やま〳〵
)
。
三
客
(
きやく
)
は
結城朝之助
(
ゆふきとものすけ
)
とて、
自
(
みづか
)
ら
道樂
(
だうらく
)
ものとは
名
(
な
)
のれども
實体
(
じつてい
)
なる
處
(
ところ
)
折々
(
をり〳〵
)
に
見
(
み
)
えて
身
(
み
)
は
無職業
(
むしよくげふ
)
妻子
(
さいし
)
なし、
遊
(
あそ
)
ぶに
屈強
(
くつきやう
)
なる
年頃
(
としごろ
)
なればにや
是
(
こ
)
れを
初
(
はじ
)
めに一
週
(
しゆう
)
には二三
度
(
ど
)
の
通
(
かよ
)
ひ
路
(
ぢ
)
、お
力
(
りき
)
も
何處
(
どこ
)
となく
懷
(
なつ
)
かしく
思
(
おも
)
ふかして三日
見
(
み
)
えねば
文
(
ふみ
)
をやるほどの
樣子
(
やうす
)
を、
朋輩
(
ほうばい
)
の
女子
(
おんな
)
ども
岡燒
(
おかやき
)
ながら
弄
(
から
)
かひては、
力
(
りき
)
ちやんお
樂
(
たの
)
しみであらうね、
男振
(
おとこぶり
)
はよし
氣前
(
きまへ
)
はよし、
今
(
いま
)
にあの
方
(
かた
)
は
出世
(
しゆつせ
)
をなさるに
相違
(
さうゐ
)
ない、
其時
(
そのとき
)
はお
前
(
まへ
)
の
事
(
こと
)
を
奧樣
(
おくさま
)
とでもいふのであらうに
今
(
いま
)
つから
少
(
すこ
)
し
氣
(
き
)
をつけて
足
(
あし
)
を
出
(
だ
)
したり
湯呑
(
ゆのみ
)
であほるだけは
廢
(
や
)
めにおし
人
(
ひと
)
がらが
惡
(
わる
)
いやねと
言
(
い
)
ふもあり、
源
(
げん
)
さんが
聞
(
きい
)
たら
何
(
ど
)
うだらう
氣違
(
きちが
)
ひになるかも
知
(
し
)
れないとて
冷評
(
ひやかす
)
もあり、あゝ
馬車
(
ばしや
)
にのつて
來
(
く
)
る
時
(
とき
)
都合
(
つがふ
)
が
惡
(
わ
)
るいから
道普請
(
みちぶしん
)
からして
貰
(
もら
)
いたいね、こんな
溝板
(
どぶいた
)
のがたつく
樣
(
やう
)
な
店先
(
みせさき
)
へ
夫
(
それ
)
こそ
人
(
ひと
)
がらが
惡
(
わろ
)
くて
横
(
よこ
)
づけにもされないではないか、お
前方
(
まへがた
)
も
最
(
も
)
う
少
(
すこ
)
しお
行義
(
ぎようぎ
)
を
直
(
なほ
)
してお
給仕
(
きふじ
)
に
出
(
で
)
られるやう
心
(
こゝろ
)
がけてお
呉
(
く
)
れとずば〳〵といふに、ヱヽ
憎
(
に
)
くらしい
其
(
その
)
ものいひを
少
(
すこ
)
し
直
(
なほ
)
さずは
奧樣
(
おくさま
)
らしく
聞
(
きこ
)
へまい、
結城
(
ゆふき
)
さんが
來
(
き
)
たら
思
(
おも
)
ふさまいふて、
小言
(
こゞと
)
をいはせて
見
(
み
)
せようとて
朝之助
(
とものすけ
)
の
顏
(
かほ
)
を
見
(
み
)
るより
此樣
(
こん
)
な
事
(
こと
)
を
申
(
まをし
)
て
居
(
ゐ
)
まする、
何
(
ど
)
うしても
私共
(
わたしども
)
の
手
(
て
)
にのらぬ
やんちや
なれば
貴君
(
あなた
)
から
叱
(
しか
)
つて
下
(
くだ
)
され、
第
(
だい
)
一
湯呑
(
ゆの
)
みで
呑
(
の
)
むは
毒
(
どく
)
でござりましよと
告口
(
つげぐち
)
するに、
結城
(
ゆふき
)
は
眞面目
(
まじめ
)
になりてお
力
(
りき
)
酒
(
さけ
)
だけは
少
(
すこ
)
しひかへろとの
嚴命
(
げんめい
)
、あゝ
貴君
(
あなた
)
のやうにもないお
力
(
りき
)
が
無理
(
むり
)
にも
商買
(
しようばい
)
して
居
(
ゐ
)
られるは
此力
(
このちから
)
と
思
(
おぼ
)
し
召
(
め
)
さぬか、
私
(
わたし
)
に
酒氣
(
さかけ
)
が
離
(
はな
)
れたら
坐敷
(
ざしき
)
は三
昧堂
(
まいどう
)
のやうに
成
(
な
)
りませう、ちつと
察
(
さつ
)
して
下
(
くだ
)
されといふに
成程
(
なるほど
)
〳〵とて
結城
(
ゆふき
)
は二
言
(
ごん
)
といはざりき。
或
(
あ
)
る
夜
(
よ
)
の
月
(
つき
)
に
下坐敷
(
したざしき
)
へは
何處
(
どこ
)
やらの
工塲
(
こうば
)
の一
連
(
む
)
れ、
丼
(
どんぶり
)
たゝいて
甚
(
じん
)
九かつぽれの
大騷
(
おほさは
)
ぎに
大方
(
おほかた
)
の
女子
(
おなご
)
は
寄集
(
よりあつ
)
まつて、
例
(
れい
)
の二
階
(
かい
)
の
小坐敷
(
こざしき
)
には
結城
(
ゆふき
)
とお
力
(
りき
)
の
二人限
(
ふたりぎ
)
りなり、
朝之助
(
とものすけ
)
は
寢
(
ね
)
ころんで
愉快
(
ゆくわい
)
らしく
話
(
はな
)
しを
仕
(
し
)
かけるを、お
力
(
りき
)
はうるさゝうに
生返事
(
なまへんじ
)
をして
何
(
なに
)
やらん
考
(
かんが
)
へて
居
(
ゐ
)
る
樣子
(
やうす
)
、どうかしたか、
又
(
また
)
頭痛
(
づゝう
)
でもはじまつたかと
聞
(
き
)
かれて、
何
(
なに
)
頭痛
(
づゝう
)
も
何
(
なに
)
もしませぬけれど
頻
(
しきり
)
に
持病
(
ぢびやう
)
が
起
(
おこ
)
つたのですといふ、お
前
(
まへ
)
の
持病
(
ぢびやう
)
は
肝癪
(
かんしやく
)
か、いゝゑ、
血
(
ち
)
の
道
(
みち
)
か、いゝゑ、
夫
(
それ
)
では
何
(
なん
)
だと
聞
(
き
)
かれて、
何
(
ど
)
うも
言
(
い
)
ふ
事
(
こと
)
は
出來
(
でき
)
ませぬ、でも
他
(
ほか
)
の
人
(
ひと
)
ではなし
僕
(
ぼく
)
ではないか
何
(
ど
)
んな
事
(
こと
)
でも
言
(
い
)
ふて
宜
(
よ
)
さそうなもの、まあ
何
(
なん
)
の
病氣
(
びやうき
)
だといふに、
病氣
(
びやうき
)
ではござんせぬ、
唯
(
たゞ
)
こんな
風
(
ふう
)
になつて
此樣
(
こん
)
な
事
(
こと
)
を
思
(
おも
)
ふのですといふ、
困
(
こま
)
つた
人
(
ひと
)
だな
種々
(
いろ〳〵
)
秘密
(
ひみつ
)
があると
見
(
み
)
える、お
父
(
とつ
)
さんはと
聞
(
き
)
けば
言
(
い
)
はれませぬといふ、お
母
(
つか
)
さんはと
問
(
と
)
へば
夫
(
そ
)
れも
同
(
おな
)
じく、これまでの
履歴
(
りれき
)
はといふに
貴君
(
あなた
)
には
言
(
い
)
はれぬといふ、まあ
嘘
(
うそ
)
でも
宜
(
い
)
いさよしんば
作
(
つくり
)
り
言
(
ごと
)
にしろ、かういふ
身
(
み
)
の
不幸
(
ふしあはせ
)
だとか
大底
(
たいてい
)
の
女
(
ひと
)
はいはねばならぬ、しかも一
度
(
ど
)
や二
度
(
ど
)
あふのではなし
其位
(
そのくらゐ
)
の
事
(
こと
)
を
發表
(
はつぴやう
)
しても
子細
(
しさい
)
はなからう、よし
口
(
くち
)
に
出
(
だ
)
して
言
(
い
)
はなからうともお
前
(
まへ
)
に
思
(
おも
)
ふ
事
(
こと
)
がある
位
(
くらゐ
)
めくら
按摩
(
あんま
)
に
探
(
さ
)
ぐらせても
知
(
し
)
れた
事
(
こと
)
、
聞
(
き
)
かずとも
知
(
し
)
れて
居
(
ゐ
)
るが、
夫
(
そ
)
れをば
聞
(
き
)
くのだ、どつち
道
(
みち
)
同
(
おな
)
じ
事
(
こと
)
だから
持病
(
ぢびやう
)
といふのを
先
(
さ
)
きに
聞
(
き
)
きたいといふ、およしなさいまし、お
聞
(
き
)
きになつても
詰
(
つま
)
らぬ
事
(
こと
)
でござんすとてお
力
(
りき
)
は
更
(
さら
)
に
取
(
とり
)
あはず。
折
(
おり
)
から
下坐敷
(
したざしき
)
より
杯盤
(
はいばん
)
を
運
(
はこ
)
びきし
女
(
おんな
)
の
何
(
なに
)
やらお
力
(
りき
)
に
耳打
(
みゝうち
)
して
兎
(
と
)
も
角
(
かく
)
も
下
(
した
)
までお
出
(
いで
)
よといふ、いや
行
(
ゆ
)
き
度
(
たく
)
ないからよしてお
呉
(
く
)
れ、
今夜
(
こんや
)
はお
客
(
きやく
)
が
大變
(
たいへん
)
に
醉
(
ゑ
)
ひましたからお
目
(
め
)
にかゝつたとてお
話
(
はな
)
しも
出來
(
でき
)
ませぬと
斷
(
ことは
)
つておくれ、あゝ
困
(
こま
)
つた
人
(
ひと
)
だねと
眉
(
まゆ
)
を
寄
(
よ
)
せるに、お
前
(
まへ
)
それでも
宜
(
い
)
いのかへ、はあ
宜
(
い
)
いのさとて
膝
(
ひざ
)
の
上
(
うへ
)
で
撥
(
ばち
)
を
弄
(
もてあそ
)
べば、
女
(
おんな
)
は
不思議
(
ふしぎ
)
さうに
立
(
た
)
つてゆくを
客
(
きやく
)
は
聞
(
きゝ
)
すまして
笑
(
わら
)
ひながら
御遠慮
(
ごゑんりよ
)
には
及
(
およ
)
ばない、
逢
(
あ
)
つて
來
(
き
)
たら
宜
(
よ
)
からう、
何
(
なに
)
もそんなに
體裁
(
ていさい
)
には
及
(
およ
)
ばぬではないか、
可愛
(
かわい
)
い
人
(
ひと
)
を
素戻
(
すもど
)
しもひどからう、
追
(
お
)
ひかけて
逢
(
あ
)
ふが
宜
(
い
)
い、
何
(
なん
)
なら
此處
(
ここ
)
へでも
呼
(
よ
)
び給へ、
片隅
(
かたすみ
)
へ
寄
(
よ
)
つて
話
(
はな
)
しの
邪魔
(
じやま
)
はすまいからといふに、
串談
(
じようだん
)
はぬきにして
結城
(
ゆふき
)
さん
貴君
(
あなた
)
に
隱
(
か
)
くしたとて
仕方
(
しかた
)
がないから
申
(
まをし
)
ますが
町内
(
ちやうない
)
で
少
(
すこ
)
しは
巾
(
はゞ
)
もあつた
蒲團
(
ふとん
)
やの
源
(
げん
)
七といふ
人
(
ひと
)
、
久
(
ひさ
)
しい
馴染
(
なじみ
)
でござんしたけれど
今
(
いま
)
は
見
(
み
)
るかげもなく
貧乏
(
びんぼう
)
して
八百屋
(
やほや
)
の
裏
(
うら
)
の
小
(
ちい
)
さな
家
(
うち
)
にまい〳〵つぶろの
樣
(
やう
)
になつて
居
(
い
)
まする、
女房
(
にようぼ
)
もあり
子供
(
こども
)
もあり、
私
(
わたし
)
がやうな
者
(
もの
)
に
逢
(
あ
)
ひに
來
(
く
)
る
歳
(
とし
)
ではなけれど、
縁
(
ゑん
)
があるか
未
(
いま
)
だに
折
(
おり
)
ふし
何
(
なん
)
の
彼
(
か
)
のといつて、
今
(
いま
)
も
下坐敷
(
したざしき
)
へ
來
(
き
)
たのでござんせう、
何
(
なに
)
も
今
(
いま
)
さら
突出
(
つきだ
)
すといふ
譯
(
わけ
)
ではないけれど
逢
(
あ
)
つては
色々
(
いろ〳〵
)
面倒
(
めんどう
)
な
事
(
こと
)
もあり、
寄
(
よ
)
らず
障
(
さわ
)
らず
歸
(
かへ
)
した
方
(
はう
)
が
好
(
い
)
いのでござんす、
恨
(
うら
)
まれるは
覺悟
(
かくご
)
の
前
(
まへ
)
、
鬼
(
おに
)
だとも
蛇
(
じや
)
だとも
思
(
おも
)
ふがようござりますとて、
撥
(
ばち
)
を
疊
(
たゝみ
)
に
少
(
すこ
)
し
延
(
の
)
びあがりて
表
(
おもて
)
を
見
(
み
)
おろせば、
何
(
なん
)
と
姿
(
すがた
)
が
見
(
み
)
えるかと
嬲
(
なぶ
)
る、あゝ
最
(
も
)
う
歸
(
かへ
)
つたと
見
(
み
)
えますとて
茫然
(
ぼん
)
として
居
(
ゐ
)
るに、
持病
(
ぢびやう
)
といふのは
夫
(
そ
)
れかと
切込
(
きりこ
)
まれて、まあ
其樣
(
そん
)
な
處
(
ところ
)
でござんせう、お
醫者樣
(
ゐしやさま
)
でも
草津
(
くさつ
)
の
湯
(
ゆ
)
でもと
薄淋
(
うすさび
)
しく
笑
(
わら
)
つて
居
(
ゐ
)
るに、
御本尊
(
ごほんぞん
)
を
拜
(
おが
)
みたいな
俳優
(
やくしや
)
で
行
(
い
)
つたら
誰
(
た
)
れの
處
(
ところ
)
だといへば、
見
(
み
)
たら
吃驚
(
びつくり
)
でござりませう
色
(
いろ
)
の
黒
(
くろ
)
い
背
(
せ
)
の
高
(
たか
)
い
不動
(
ふどう
)
さまの
名代
(
めうだい
)
といふ、では
心意氣
(
こゝろいき
)
かと
問
(
と
)
はれて、
此樣
(
こん
)
な
店
(
みせ
)
で
身上
(
しんしやう
)
はたくほどの
人
(
ひと
)
、
人
(
ひと
)
の
好
(
い
)
いばかり
取得
(
とりえ
)
とては
皆無
(
かいむ
)
でござんす、
面白
(
おもしろ
)
くも
可笑
(
をか
)
しくも
何
(
なん
)
ともない
人
(
ひと
)
といふに、
夫
(
そ
)
れにお
前
(
まへ
)
は
何
(
ど
)
うして
逆上
(
のぼ
)
せた、これは
聞
(
き
)
き
處
(
どころ
)
と
客
(
きやく
)
は
起
(
おき
)
かへる、
大方
(
おほかた
)
逆上性
(
のぼせせう
)
なのでござんせう、
貴君
(
あなた
)
の
事
(
こと
)
をも
此頃
(
このごろ
)
は
夢
(
ゆめ
)
に
見
(
み
)
ない
夜
(
よ
)
はござんせぬ、
奧樣
(
おくさま
)
のお
出來
(
でき
)
なされた
處
(
ところ
)
を
見
(
み
)
たり、ぴつたりと
御出
(
おいで
)
のとまつた
處
(
ところ
)
を
見
(
み
)
たり、まだ〳〵
一層
(
もつと
)
かなしい
夢
(
ゆめ
)
を
見
(
み
)
て
枕紙
(
まくらかみ
)
がびつしよりに
成
(
な
)
つた
事
(
こと
)
もござんす、
高
(
たか
)
ちやんなぞは
夜
(
よ
)
る
寐
(
ね
)
るからとても
枕
(
まくら
)
を
取
(
と
)
るよりはやく
鼾
(
いびき
)
の
聲
(
こゑ
)
たかく、
宜
(
い
)
い
心持
(
こゝろもち
)
らしいが
何
(
ど
)
んなに
浦山
(
うらやま
)
しうござんせう、
私
(
わたし
)
はどんな
疲
(
つか
)
れた
時
(
とき
)
でも
床
(
とこ
)
へ
這入
(
はい
)
ると
目
(
め
)
が
冴
(
さ
)
へて
夫
(
それ
)
は
夫
(
それ
)
は
色々
(
いろ〳〵
)
の
事
(
こと
)
を
思
(
おも
)
ひます、
貴君
(
あなた
)
は
私
(
わたし
)
に
思
(
おも
)
ふ
事
(
こと
)
があるだらうと
察
(
さつ
)
して
居
(
ゐ
)
て
下
(
くだ
)
さるから
嬉
(
うれ
)
しいけれど、よもや
私
(
わたし
)
が
何
(
なに
)
をおもふか
夫
(
そ
)
れこそはお
分
(
わか
)
りに
成
(
な
)
りますまい、
考
(
かんが
)
へたとて
仕方
(
しかた
)
がない
故
(
ゆゑ
)
人前
(
ひとまへ
)
ばかりの
大陽氣
(
おほようき
)
、
菊
(
きく
)
の
井
(
ゐ
)
のお
力
(
りき
)
は
行
(
ゆき
)
ぬけの
締
(
しま
)
りなしだ、
苦勞
(
くろう
)
といふ
事
(
こと
)
はしるまいと
言
(
い
)
ふお
客樣
(
きやくさま
)
もござります、ほんに
因果
(
ゐんぐわ
)
とでもいふものか
私
(
わたし
)
が
身
(
み
)
位
(
くらい
)
かなしい
者
(
もの
)
はあるまいと
思
(
おも
)
ひますとて
潜然
(
さめ〴〵
)
とするに、
珍
(
めづ
)
らしい
事
(
こと
)
陰氣
(
いんき
)
のはなしを
聞
(
き
)
かせられる、
慰
(
なぐさ
)
めたいにも
本末
(
もとすゑ
)
をしらぬから
方
(
はう
)
がつかぬ、
夢
(
ゆめ
)
に
見
(
み
)
てくれるほど
實
(
じつ
)
があらば
奧樣
(
おくさま
)
にしてくれろ
位
(
ぐらい
)
いひそうな
物
(
もの
)
だに
根
(
ね
)
つからお
聲
(
こゑ
)
がゝりも
無
(
な
)
いは
何
(
ど
)
ういふ
物
(
もの
)
だ、
古風
(
こふう
)
に
出
(
で
)
るが
袖
(
そで
)
ふり
合
(
あ
)
ふもさ、こんな
商賣
(
しやうばい
)
を
嫌
(
いや
)
だと
思
(
おも
)
ふなら
遠慮
(
ゑんりよ
)
なく
打明
(
うちあ
)
けばなしを
爲
(
す
)
るが
宜
(
い
)
い、
僕
(
ぼく
)
は
又
(
また
)
お
前
(
まへ
)
のやうな
氣
(
き
)
では
寧
(
いつそ
)
氣樂
(
きらく
)
だとかいふ
考
(
かんが
)
へで
浮
(
う
)
いて
渡
(
わた
)
る
事
(
こと
)
かと
思
(
おも
)
つたに、
夫
(
そ
)
れでは
何
(
なに
)
か
理屈
(
りくつ
)
があつて
止
(
や
)
むを
得
(
ゑ
)
ずといふ
次第
(
しだい
)
か、
苦
(
くる
)
しからずは
承
(
うけたまは
)
りたい
物
(
もの
)
だといふに、
貴君
(
あなた
)
には
聞
(
き
)
いて
頂
(
いたゝ
)
かうと
此間
(
このあひだ
)
から
思
(
おも
)
ひました、だけれども
今夜
(
こんや
)
はいけませぬ、
何故
(
なぜ
)
〳〵、
何故
(
なぜ
)
でもいけませぬ、
私
(
わたし
)
は
我
(
わが
)
まゝ
故
(
ゆゑ
)
、
申
(
まをす
)
まいと
思
(
おも
)
ふ
時
(
とき
)
は
何
(
ど
)
うしても
嫌
(
い
)
やでござんすとて、ついと
立
(
た
)
つて
椽
(
ゑん
)
がはへ
出
(
いづ
)
るに、
雲
(
くも
)
なき
空
(
そら
)
の
月
(
つき
)
かげ
凉
(
すゞ
)
しく、
見
(
み
)
おろす
町
(
まち
)
に
からころ
と
駒下駄
(
こまげた
)
の
音
(
おと
)
さして
行
(
ゆき
)
かふ
人
(
ひと
)
のかげ
分明
(
あきらか
)
なり、
結城
(
ゆふき
)
さんと
呼
(
よ
)
ぶに、
何
(
なん
)
だとて
傍
(
そば
)
へゆけば、まあ
此處
(
こゝ
)
へお
座
(
すは
)
りなさいと
手
(
て
)
を
取
(
と
)
りて、あの
水菓子屋
(
みづぐわしや
)
で
桃
(
もゝ
)
を
買
(
か
)
ふ
子
(
こ
)
がござんしよ、
可愛
(
かわい
)
らしき四つ
計
(
ばかり
)
の、
彼子
(
あれ
)
が
先刻
(
さつき
)
の
人
(
ひと
)
のでござんす、あの
小
(
ちい
)
さな
子心
(
こゞゝろ
)
にもよく〳〵
憎
(
に
)
くいと
思
(
おも
)
ふと
見
(
み
)
えて
私
(
わたし
)
の
事
(
こと
)
をば
鬼々
(
おに〳〵
)
といひまする、まあ
其樣
(
そん
)
な
惡者
(
わるもの
)
に
見
(
み
)
えまするかとて、
空
(
そら
)
を
見
(
み
)
あげてホツと
息
(
いき
)
をつくさま、
堪
(
こら
)
へかねたる
樣子
(
やうす
)
は五
音
(
いん
)
の
調子
(
てうし
)
にあらはれぬ。
四
同
(
おな
)
じ
新開
(
しんかい
)
の
町
(
まち
)
はづれに八百
屋
(
や
)
と
髮結床
(
かみゆひどこ
)
が
庇合
(
ひあはひ
)
のやうな
細露路
(
ほそろぢ
)
、
雨
(
あめ
)
が
降
(
ふ
)
る
日
(
ひ
)
は
傘
(
かさ
)
もさゝれぬ
窮屈
(
きうくつ
)
さに、
足
(
あし
)
もととては
處々
(
ところ〴〵
)
に
溝板
(
どぶいた
)
の
落
(
おと
)
し
穴
(
あな
)
あやふげなるを
中
(
なか
)
にして、
兩側
(
りようがは
)
に
立
(
た
)
てたる
棟割長屋
(
むねわりながや
)
、
突當
(
つきあた
)
りの
芥溜
(
ごみため
)
わきに九
尺
(
しやく
)
二
間
(
けん
)
の
上
(
あが
)
り
框
(
がまち
)
朽
(
く
)
ちて、
雨戸
(
あまど
)
はいつも
不用心
(
ぶようじん
)
のたてつけ、
流石
(
さすが
)
に一
方
(
ぱう
)
口
(
ぐち
)
にはあらで
山
(
やま
)
の
手
(
て
)
の
仕合
(
しやわせ
)
は三
尺
(
じやく
)
斗
(
ばかり
)
の
椽
(
ゑん
)
の
先
(
さき
)
に
草
(
くさ
)
ぼう〳〵の
空地面
(
あきぢめん
)
、それが
端
(
はじ
)
を
少
(
すこ
)
し
圍
(
かこ
)
つて
青紫蘇
(
あをぢそ
)
、ゑぞ
菊
(
ぎく
)
、
隱元豆
(
いんげんまめ
)
の
蔓
(
つる
)
などを
竹
(
たけ
)
のあら
垣
(
がき
)
に
搦
(
から
)
ませたるがお
力
(
りき
)
が
所縁
(
しよゑん
)
の
源
(
げん
)
七が
家
(
いへ
)
なり、
女房
(
にようぼう
)
はお
初
(
はつ
)
といひて二十八か九にもなるべし、
貧
(
ひん
)
にやつれたれば七つも
年
(
とし
)
の
多
(
おほ
)
く
見
(
み
)
えて、お
齒黒
(
はぐろ
)
はまだらに
生
(
は
)
へ
次第
(
しだい
)
の
眉毛
(
まゆげ
)
みるかげもなく、
洗
(
あら
)
ひざらしの
鳴海
(
なるみ
)
の
裕衣
(
ゆかた
)
を
前
(
まへ
)
と
後
(
うしろ
)
を
切
(
き
)
りかへて
膝
(
ひざ
)
のあたりは
目立
(
めたゝ
)
ぬやうに
小針
(
こはり
)
のつぎ
當
(
あて
)
、
狹帶
(
せまおび
)
きりゝと
締
(
し
)
めて
蝉表
(
せみおもて
)
の
内職
(
ないしよく
)
、
盆前
(
ぼんまへ
)
よりかけて
暑
(
あつ
)
さの
時分
(
じぶん
)
をこれが
時
(
とき
)
よと
大汗
(
おほあせ
)
になりての
勉強
(
べんきやう
)
せはしなく、
揃
(
そろ
)
へたる
籘
(
とう
)
を
天井
(
てんぜう
)
から
釣下
(
つりさ
)
げて、しばしの
手數
(
てすう
)
も
省
(
はぶ
)
かんとて
數
(
かず
)
のあがるを
樂
(
たの
)
しみに
脇目
(
わきめ
)
もふらぬ
樣
(
さま
)
あはれなり。もう
日
(
ひ
)
が
暮
(
く
)
れたに
太吉
(
たきち
)
は
何故
(
なぜ
)
かへつて
來
(
こ
)
ぬ、
源
(
げん
)
さんも
又
(
また
)
何處
(
どこ
)
を
歩
(
ある
)
いて
居
(
ゐ
)
るかしらんとて
仕事
(
しごと
)
を
片
(
かた
)
づけて一
服
(
ぷく
)
吸
(
すい
)
つけ、
苦勞
(
くらう
)
らしく
目
(
め
)
をぱちつかせて、
更
(
さら
)
に
土瓶
(
どびん
)
の
下
(
した
)
を
穿
(
ほぢ
)
くり、
蚊
(
か
)
いぶし
火鉢
(
ひばち
)
に
火
(
ひ
)
を
取分
(
とりわ
)
けて三
尺
(
じやく
)
の
椽
(
ゑん
)
に
持出
(
もちいだ
)
し、
拾
(
ひろ
)
ひ
集
(
あつ
)
めの
杉
(
すぎ
)
の
葉
(
は
)
を
冠
(
かぶ
)
せてふう〳〵と
吹立
(
ふきたつ
)
れば、ふす〳〵と
烟
(
けふり
)
たちのぼりて
軒塲
(
のきば
)
にのがれる
蚊
(
か
)
の
聲
(
こゑ
)
凄
(
すさ
)
まじゝ、
太吉
(
たきち
)
はがた〳〵と
溝板
(
どぶいた
)
の
音
(
おと
)
をさせて
母
(
かゝ
)
さん
今
(
いま
)
戻
(
もど
)
つた、お
父
(
とつ
)
さんも
連
(
つ
)
れて
來
(
き
)
たよと
門口
(
かどぐち
)
から
呼立
(
よびたつ
)
るに、
大層
(
たいそう
)
おそいではないかお
寺
(
てら
)
の
山
(
やま
)
へでも
行
(
ゆき
)
はしないかと
何
(
ど
)
の
位
(
くらい
)
案
(
あん
)
じたらう、
早
(
はや
)
くお
這入
(
はいり
)
といふに
太吉
(
たきち
)
を
先
(
さき
)
に
立
(
た
)
てゝ
源七
(
げんしち
)
は
元氣
(
げんき
)
なくぬつと
上
(
あが
)
る、おやお
前
(
まへ
)
さんお
歸
(
かへ
)
りか、
今日
(
けふ
)
は
何
(
ど
)
んなに
暑
(
あつ
)
かつたでせう、
定
(
さだ
)
めて
歸
(
かへ
)
りが
早
(
はや
)
からうと
思
(
おも
)
うて
行水
(
ぎやうずゐ
)
を
沸
(
わ
)
[#ルビの「わ」は底本では「わか」]
かして
置
(
おき
)
ました、ざつと
汗
(
あせ
)
を
流
(
なが
)
したら
何
(
ど
)
うでござんす、
太吉
(
たきち
)
もお
湯
(
ぶう
)
に
這入
(
はいり
)
なといへば、あいと
言
(
い
)
つて
帶
(
おび
)
を
解
(
と
)
く、お
待
(
まち
)
お
待
(
まち
)
、
今
(
いま
)
加減
(
かげん
)
を
見
(
み
)
てやるとて
流
(
なが
)
しもとに
盥
(
たらい
)
を
据
(
す
)
へて
釜
(
かま
)
の
湯
(
ゆ
)
を
汲出
(
くみいだ
)
し、かき
廻
(
まわ
)
して
手拭
(
てぬぐひ
)
を
入
(
い
)
れて、さあお
前
(
まへ
)
さん
此子
(
このこ
)
をもいれて
遣
(
や
)
つて
下
(
くだ
)
され、
何
(
なに
)
をぐたりと
爲
(
し
)
てお
出
(
いで
)
なさる、
暑
(
あつ
)
さにでも
障
(
さわ
)
りはしませぬか、さうでなければ一
杯
(
ぱい
)
あびて、さつぱりに
成
(
な
)
つて
御膳
(
ごぜん
)
あがれ、
太吉
(
たきち
)
が
待
(
ま
)
つて
居
(
ゐ
)
ますからといふに、おゝ
左樣
(
さう
)
だと
思
(
おも
)
ひ
出
(
だ
)
したやうに
帶
(
おび
)
を
解
(
と
)
いて
流
(
なが
)
しへ
下
(
お
)
りれば、そゞろに
昔
(
むか
)
しの
我身
(
わがみ
)
が
思
(
おも
)
はれて九
尺
(
しやく
)
二
間
(
けん
)
の
臺處
(
だいどころ
)
で
行水
(
ぎようずゐ
)
つかふとは
夢
(
ゆめ
)
にも
思
(
おも
)
はぬもの、ましてや
土方
(
どかた
)
の
手傳
(
てづた
)
ひして
車
(
くるま
)
の
跡押
(
あとおし
)
にと
親
(
おや
)
は
生
(
うみ
)
つけても
下
(
くだ
)
さるまじ、あゝ
詰
(
つま
)
らぬ
夢
(
ゆめ
)
を
見
(
み
)
たばかりにと、ぢつと
身
(
み
)
にしみて
湯
(
ゆ
)
もつかはねば、
父
(
とつ
)
ちやん
脊中
(
せなか
)
洗
(
あら
)
つてお
呉
(
く
)
れと
太吉
(
たきち
)
は
無心
(
むしん
)
に
催促
(
さいそく
)
する、お
前
(
まへ
)
さん
蚊
(
か
)
が
喰
(
く
)
ひますから
早々
(
さつ〳〵
)
とお
上
(
あが
)
りなされと
妻
(
つま
)
も
氣
(
き
)
をつくるに、おいおいと
返事
(
へんじ
)
しながら
太吉
(
たきち
)
にも
遣
(
つか
)
はせ
我
(
わ
)
れも
浴
(
あ
)
びて、
上
(
うへ
)
にあがれば
[#「あがれば」は底本では「あがれは」]
洗
(
あら
)
ひ
晒
(
ざら
)
せしさば〳〵の
裕衣
(
ゆかた
)
を
出
(
だ
)
して、お
着
(
き
)
かへなさいましと
言
(
い
)
ふ、
帶
(
おび
)
まきつけて
風
(
かぜ
)
の
透
(
す
)
く
處
(
ところ
)
へゆけば、
妻
(
つま
)
は
野代
(
のしろ
)
の
膳
(
ぜん
)
の
[#「膳の」は底本では「繕の」]
はげかゝりて
足
(
あし
)
はよろめく
古物
(
ふるもの
)
に、お
前
(
まへ
)
の
好
(
す
)
きな
冷奴
(
ひやゝつこ
)
にしましたとて
小丼
(
こどんぶり
)
に
豆腐
(
とうふ
)
を
浮
(
う
)
かせて
青紫蘇
(
あをぢそ
)
の
香
(
か
)
たかく
持出
(
もちだ
)
せば、
太吉
(
たきち
)
は
何時
(
いつ
)
しか
臺
(
だい
)
より
飯櫃
(
めしびつ
)
取
(
とり
)
おろして、
よつちよいよつちよい
と
擔
(
かつ
)
ぎ
出
(
だ
)
す、
坊主
(
ぼうず
)
は
我
(
お
)
れが
傍
(
そば
)
に
來
(
こ
)
いとて
頭
(
つむり
)
を
撫
(
な
)
でつゝ
箸
(
はし
)
を
取
(
と
)
るに、
心
(
こゝろ
)
は
何
(
なに
)
を
思
(
おも
)
ふとなけれど
舌
(
した
)
に
覺
(
おぼ
)
えの
無
(
な
)
くて
咽
(
のど
)
の
穴
(
あな
)
はれたる
如
(
ごと
)
く、もう
止
(
や
)
めにするとて
茶椀
(
ちやわん
)
を
置
(
お
)
けば、
其樣
(
そん
)
な
事
(
こと
)
があります
物
(
もの
)
か、
力業
(
ちからわざ
)
をする
人
(
ひと
)
が三
膳
(
ぜん
)
の
御飯
(
ごはん
)
のたべられぬと
言
(
い
)
ふ
事
(
こと
)
はなし、
氣合
(
きあ
)
ひでも
惡
(
わる
)
うござんすか、
夫
(
そ
)
れとも
酷
(
ひど
)
く
疲
(
つか
)
れてかと
問
(
と
)
ふ、いや
何處
(
どこ
)
も
何
(
なん
)
とも
無
(
な
)
いやうなれど
唯
(
たゞ
)
たべる
氣
(
き
)
にならぬといふに、
妻
(
つま
)
は
悲
(
かな
)
しさうな
目
(
め
)
をしてお
前
(
まへ
)
さん
又
(
また
)
例
(
れい
)
のが
起
(
おこ
)
りましたらう、
夫
(
それ
)
は
菊
(
きく
)
の
井
(
ゐ
)
の
鉢肴
(
はちざかな
)
は
甘
(
うま
)
くもありましたらうけれど、
今
(
いま
)
の
身分
(
みぶん
)
で
思
(
おも
)
ひ
出
(
だ
)
した
處
(
ところ
)
が
何
(
なん
)
となりまする、
先
(
さき
)
は
賣物買物
(
うりものかひもの
)
お
金
(
かね
)
さへ
出來
(
でき
)
たら
昔
(
むか
)
しのやうに
可愛
(
かわひ
)
がつても
呉
(
く
)
れませう、
表
(
おもて
)
を
通
(
とほ
)
つて
見
(
み
)
ても
知
(
し
)
れる、
白粉
(
おしろい
)
つけて
美
(
い
)
い
衣類
(
きもの
)
きて
迷
(
まよ
)
ふて
來
(
く
)
る
人
(
ひと
)
を
誰
(
た
)
れかれなしに
丸
(
まる
)
めるが
彼
(
あ
)
の
人達
(
ひとたち
)
が
商買
(
しやうばい
)
、あゝ
我
(
お
)
れが
貧乏
(
びんぼう
)
に
成
(
な
)
つたから
搆
(
かま
)
いつけて
呉
(
く
)
れぬなと
思
(
おも
)
へば
何
(
なん
)
の
事
(
こと
)
なく
濟
(
すみ
)
ましよう、
恨
(
うら
)
みにでも
思
(
おも
)
ふだけがお
前
(
まへ
)
さんが
未練
(
みれん
)
でござんす、
裏町
(
うらまち
)
の
酒屋
(
さかや
)
の
若
(
わか
)
い
者
(
もの
)
知
(
し
)
つてお
出
(
いで
)
なさらう、二
葉
(
ば
)
やのお
角
(
かく
)
に
心
(
しん
)
から
落込
(
おちこ
)
んで、かけ
先
(
さき
)
を
殘
(
のこ
)
らず
使
(
つか
)
ひ
込
(
こ
)
み、
夫
(
そ
)
れを
埋
(
う
)
めやうとて
雷神虎
(
らいじんとら
)
が
盆筵
(
ぼんござ
)
の
端
(
はし
)
についたが
身
(
み
)
の
詰
(
つま
)
り、
次第
(
しだい
)
に
惡
(
わ
)
るいが
事
(
こと
)
が
染
(
し
)
みて
終
(
しま
)
ひには
土藏
(
どぞう
)
やぶりまでしたさうな、
當時
(
いま
)
男
(
をとこ
)
は
監獄入
(
かんごくい
)
りして
もつそう
飯
(
めし
)
たべて
居
(
い
)
やうけれど、
相手
(
あいて
)
のお
角
(
かく
)
は
平氣
(
へいき
)
なもの、おもしろ
可笑
(
をか
)
しく
世
(
よ
)
を
渡
(
わた
)
るに
咎
(
とが
)
める
人
(
ひと
)
なく
美事
(
みごと
)
繁昌
(
はんじやう
)
して
居
(
ゐ
)
まする、あれを
思
(
おも
)
ふに
商買人
(
しやうばいにん
)
の一
徳
(
とく
)
、だまされたは
此方
(
こちら
)
の
罪
(
つみ
)
、
考
(
かんが
)
へたとて
始
(
はじ
)
まる
事
(
こと
)
ではござんせぬ、
夫
(
それ
)
よりは
氣
(
き
)
を
取直
(
とりなほ
)
して
稼業
(
かげふ
)
に
精
(
せい
)
を
出
(
だ
)
して
少
(
すこ
)
しの
元手
(
もとで
)
も
拵
(
こしら
)
へるやうに
心
(
こゝろ
)
がけて
下
(
くだ
)
され、お
前
(
まへ
)
に
弱
(
よは
)
られては
私
(
わたし
)
も
此子
(
このこ
)
も
何
(
ど
)
うする
事
(
こと
)
もならで、
夫
(
それ
)
こそ
路頭
(
ろたう
)
に
迷
(
まよ
)
はねば
成
(
な
)
りませぬ、
男
(
をとこ
)
らしく
思
(
おも
)
ひ
切
(
き
)
る
時
(
とき
)
あきらめてお
金
(
かね
)
さへ
出來
(
でき
)
ようならお
力
(
りき
)
はおろか
小紫
(
こむらさき
)
でも
揚卷
(
あげまき
)
でも
別莊
(
べつさう
)
こしらへて
圍
(
かこ
)
うたら
宜
(
よ
)
うござりましよう、
最
(
も
)
うそんな
考
(
かんが
)
へ
事
(
ごと
)
は
止
(
や
)
めにして
機嫌
(
きげん
)
よく
御膳
(
ごぜん
)
あがつて
下
(
くだ
)
され、
坊主
(
ぼうず
)
までが
陰氣
(
いんき
)
らしう
沈
(
しづ
)
んで
仕舞
(
しまい
)
ましたといふに、みれば
茶椀
(
ちやわん
)
と
箸
(
はし
)
を
其處
(
そこ
)
に
置
(
お
)
いて
父
(
ちゝ
)
と
母
(
はゝ
)
との
顏
(
かほ
)
をば
見
(
み
)
くらべて
何
(
なに
)
とは
知
(
し
)
らず
氣
(
き
)
になる
樣子
(
やうす
)
、こんな
可愛
(
かわひ
)
い
者
(
もの
)
さへあるに、あのやうな
狸
(
たぬき
)
の
忘
(
わす
)
れられぬは
何
(
なん
)
の
因果
(
ゐんぐわ
)
かと
胸
(
むね
)
の
中
(
なか
)
かき
廻
(
まわ
)
されるやうなるに、
我
(
わ
)
れながら
未練
(
みれん
)
ものめと
叱
(
しか
)
りつけて、いや
我
(
お
)
れだとて
其樣
(
そのやう
)
に
何時
(
いつ
)
までも
馬鹿
(
ばか
)
では
居
(
い
)
ぬ、お
力
(
りき
)
などゝ
名計
(
なばかり
)
もいつて
呉
(
く
)
れるな、いはれると
以前
(
もと
)
の
不出來
(
ふでか
)
しを
考
(
かんが
)
へ
出
(
だ
)
していよ〳〵
顏
(
かほ
)
があげられぬ、
何
(
なん
)
の
此身
(
このみ
)
になつて
今更
(
いまさら
)
何
(
なに
)
をおもふ
物
(
もの
)
か、
食
(
めし
)
がくへぬとても
夫
(
そ
)
れは
身體
(
からだ
)
の
加減
(
かげん
)
であらう、
何
(
なに
)
も
格別
(
かくべつ
)
案
(
あん
)
じてくれるには
及
(
およ
)
ばぬ
故
(
ゆゑ
)
小僧
(
こぞう
)
も十
分
(
ぶん
)
にやつて
呉
(
く
)
れとて、ころりと
横
(
よこ
)
になつて
胸
(
むね
)
のあたりをはた〳〵と
打
(
うち
)
あふぐ、
蚊遣
(
かやり
)
の
烟
(
けむり
)
にむせばぬまでも
思
(
おも
)
ひにもえて
身
(
み
)
の
暑
(
あつ
)
げなり。
五
誰
(
た
)
れ
白鬼
(
しろおに
)
とは
名
(
な
)
をつけし、
無間地獄
(
むげんぢごく
)
のそこはかとなく
景色
(
けしき
)
づくり、
何處
(
どこ
)
にからくりのあるとも
見
(
み
)
えねど、
逆
(
さか
)
さ
落
(
おと
)
しの
血
(
ち
)
の
池
(
いけ
)
、
借金
(
しやくきん
)
の
針
(
はり
)
の
山
(
やま
)
に
追
(
お
)
ひのぼすも
手
(
て
)
の
物
(
もの
)
ときくに、
寄
(
よ
)
つてお
出
(
い
)
でよと
甘
(
あま
)
へる
聲
(
こゑ
)
も
蛇
(
へび
)
くふ
雉子
(
きゞす
)
と
恐
(
おそ
)
ろしくなりぬ、さりとも
胎内
(
たいない
)
十
月
(
つき
)
の
同
(
おな
)
じ
事
(
こと
)
して、
母
(
はゝ
)
の
乳房
(
ちぶさ
)
にすがりし
頃
(
ころ
)
は
手打
(
てうち
)
〳〵あわゝの
可愛
(
かわい
)
げに、
紙幣
(
さつ
)
と
菓子
(
くわし
)
との二つ
取
(
ど
)
りにはおこしをお
呉
(
く
)
れと
手
(
て
)
を
出
(
だ
)
したる
物
(
もの
)
なれば、
今
(
いま
)
の
稼業
(
かげう
)
に
誠
(
まこと
)
はなくとも百
人
(
にん
)
の
中
(
なか
)
の
一人
(
ひとり
)
に
眞
(
しん
)
からの
涙
(
なみだ
)
をこぼして、
聞
(
き
)
いておくれ
染物
(
そめもの
)
やの
辰
(
たつ
)
さんが
事
(
こと
)
を、
昨日
(
きのふ
)
も
川田
(
かはだ
)
やが
店
(
みせ
)
でおちやつぴいのお六めと
惡戲
(
ふざけ
)
まわして、
見
(
み
)
たくもない
往來
(
わうらい
)
へまで
擔
(
かつ
)
ぎ
出
(
だ
)
して
打
(
う
)
ちつ
打
(
う
)
たれつ、あんな
浮
(
う
)
いた
了簡
(
りようけん
)
で
末
(
すゑ
)
が
遂
(
と
)
げられやうか、まあ
幾歳
(
いくつ
)
だとおもふ三十は
一昨年
(
おとゝし
)
、
宜
(
い
)
い
加減
(
かげん
)
に
家
(
うち
)
でも
拵
(
こしら
)
へる
仕覺
(
しがく
)
をしてお
呉
(
く
)
れと
逢
(
あ
)
ふ
度
(
たび
)
に
異見
(
ゐけん
)
をするが、
其時
(
そのとき
)
限
(
かぎ
)
りおい〳〵と
空返事
(
そらへんじ
)
して
根
(
ね
)
つから
氣
(
き
)
にも
止
(
と
)
めては
呉
(
く
)
れぬ、
父
(
とつ
)
さんは
年
(
とし
)
をとつて、
母
(
はゝ
)
さんと
言
(
い
)
ふは
目
(
め
)
の
惡
(
わ
)
るい
人
(
ひと
)
だから
心配
(
しんぱい
)
をさせないやうに
早
(
はや
)
く
締
(
しま
)
つてくれゝば
宜
(
い
)
いが、
私
(
わたし
)
はこれでも
彼
(
あ
)
の
人
(
ひと
)
の
半纒
(
はんてん
)
をば
洗濯
(
せんたく
)
して、
股引
(
もゝひき
)
のほころびでも
縫
(
ぬ
)
つて
見
(
み
)
たいと
思
(
おも
)
つて
居
(
ゐ
)
るに、
彼
(
あ
)
んな
浮
(
う
)
いた
心
(
こゝろ
)
では
何時
(
いつ
)
引取
(
ひきと
)
つて
呉
(
く
)
れるだらう、
考
(
かんが
)
へるとつく〴〵
奉公
(
ほうこう
)
が
嫌
(
い
)
やになつてお
客
(
きやく
)
を
呼
(
よ
)
ぶに
張合
(
はりあい
)
もない、あゝくさ〳〵するとて
常
(
つね
)
は
人
(
ひと
)
をも
欺
(
だま
)
す
口
(
くち
)
で
人
(
ひと
)
の
愁
(
つ
)
らきを
恨
(
うら
)
みの
言葉
(
ことば
)
、
頭痛
(
づゝう
)
を
押
(
をさ
)
へて
思案
(
しあん
)
に
暮
(
く
)
れるもあり、あゝ
今日
(
けふ
)
は
盆
(
ぼん
)
の十六日だ、お
焔魔樣
(
ゑんまさま
)
へのお
祭
(
まい
)
りに
連
(
つ
)
れ
立
(
だ
)
つて
通
(
とほ
)
る
子供達
(
こどもたち
)
の
奇麗
(
きれい
)
な
着物
(
きもの
)
きて
小遣
(
こづか
)
ひもらつて
嬉
(
うれ
)
しさうな
顏
(
かほ
)
してゆくは、
定
(
さだ
)
めて
定
(
さだ
)
めて
二人
(
ふたり
)
揃
(
そろ
)
つて
甲斐性
(
かひせう
)
のある
親
(
おや
)
をば
持
(
も
)
つて
居
(
ゐ
)
るのであろ、
私
(
わたし
)
が
息子
(
むすこ
)
の
與太郎
(
よたらう
)
は
今日
(
けふ
)
の
休
(
やす
)
みに
御主人
(
ごしゆじん
)
から
暇
(
ひま
)
が
出
(
で
)
て
何處
(
どこ
)
へ
行
(
ゆ
)
つて
何
(
ど
)
んな
事
(
こと
)
して
遊
(
あそ
)
ばうとも
定
(
さだ
)
めし
人
(
ひと
)
が
羨
(
うらやま
)
しかろ、
父
(
とゝ
)
さんは
呑
(
のみ
)
ぬけ、いまだに
宿
(
やど
)
とても
定
(
さだ
)
まるまじく、
母
(
はゝ
)
は
此樣
(
こん
)
な
身
(
み
)
になつて
恥
(
はづ
)
かしい
紅白粉
(
べにおしろい
)
、よし
居處
(
ゐどころ
)
が
分
(
わか
)
つたとて
彼
(
あ
)
の
子
(
こ
)
は
逢
(
あ
)
ひに
來
(
き
)
ても
呉
(
く
)
れまじ、
去年
(
きよねん
)
向島
(
むかふじま
)
の
花見
(
はなみ
)
の
時
(
とき
)
女房
(
にようぼう
)
づくりして
丸髷
(
まるまげ
)
に
結
(
ゆ
)
つて
朋輩
(
ほうばい
)
と
共
(
とも
)
に
遊
(
あそ
)
びあるきしに
土手
(
どて
)
の
茶屋
(
ちやゝ
)
であの
子
(
こ
)
に
逢
(
あ
)
つて、これ〳〵と
聲
(
こゑ
)
をかけしにさへ
私
(
わたし
)
の
若
(
わか
)
く
成
(
なり
)
しに
呆
(
あき
)
れて、お
母
(
つか
)
さんでござりますかと
驚
(
おどろ
)
きし
樣子
(
やうす
)
、ましてや
此
(
この
)
大島田
(
おほしまだ
)
に
折
(
をり
)
ふしは
時好
(
じこう
)
の
花簪
(
はなかんざし
)
さしひらめかしてお
客
(
きやく
)
を
捉
(
と
)
らへて
串談
(
じようだん
)
いふ
處
(
ところ
)
を
聞
(
き
)
かば
子心
(
こゞころ
)
には
悲
(
かな
)
しくも
思
(
おも
)
ふべし、
去年
(
きよねん
)
あひたる
時
(
とき
)
今
(
いま
)
は
駒形
(
こまかた
)
の
蝋
(
ろうそく
)
やに
奉公
(
ほうこう
)
して
居
(
ゐ
)
まする、
私
(
わたし
)
は
何
(
ど
)
んな
愁
(
つ
)
らき
事
(
こと
)
ありとも
必
(
かな
)
らず
辛抱
(
しんぼう
)
しとげて一
人前
(
にんまへ
)
の
男
(
をとこ
)
になり、
父
(
とゝ
)
さんをもお
前
(
まへ
)
をも
今
(
いま
)
に
樂
(
らく
)
をばお
爲
(
さ
)
せ
申
(
まをし
)
ます、
何
(
ど
)
うぞ
夫
(
そ
)
れまで
何
(
なん
)
なりと
堅氣
(
かたぎ
)
の
事
(
こと
)
をして
一人
(
ひとり
)
で
世渡
(
よわた
)
りをして
居
(
ゐ
)
て
下
(
くだ
)
され、
人
(
ひと
)
の
女房
(
にようぼう
)
にだけはならずに
居
(
ゐ
)
て
下
(
くだ
)
されと
異見
(
ゐけん
)
を
言
(
い
)
はれしが、
悲
(
かな
)
しきは
女子
(
をなご
)
の
身
(
み
)
の
寸燐
(
まつち
)
の
箱
(
はこ
)
はりして
一人口
(
ひとりぐち
)
過
(
すぐ
)
しがたく、さりとて
人
(
ひと
)
の
臺處
(
だいどころ
)
を
這
(
は
)
ふも
柔弱
(
にうじやく
)
の
身體
(
からだ
)
なれば
勤
(
つと
)
めがたくて、
同
(
おな
)
じ
憂
(
う
)
き
中
(
なか
)
にも
身
(
み
)
の
樂
(
らく
)
なれば、
此樣
(
こん
)
な
事
(
こと
)
して
日
(
ひ
)
を
送
(
おく
)
る、
夢
(
ゆめ
)
さら
浮
(
う
)
いた
心
(
こゝろ
)
では
無
(
な
)
けれど
言甲斐
(
いひがひ
)
のないお
袋
(
ふくろ
)
と
彼
(
あ
)
の
子
(
こ
)
は
定
(
さだ
)
めし
爪
(
つま
)
はじきするであらう、
常
(
つね
)
は
何
(
なん
)
とも
思
(
おも
)
はぬ
島田
(
しまだ
)
がめ
今日
(
けふ
)
斗
(
ばかり
)
は
恥
(
はづ
)
かしいと
夕
(
ゆふ
)
ぐれの
鏡
(
かゞみ
)
の
前
(
まへ
)
に
涕
(
なみだ
)
くむもあるべし、
菊
(
きく
)
の
井
(
ゐ
)
のお
力
(
りき
)
とても
惡魔
(
あくま
)
の
生
(
うま
)
れ
替
(
がは
)
りにはあるまじ、さる
子細
(
しさい
)
あればこそ
此處
(
こゝ
)
の
流
(
なが
)
れに
落
(
おち
)
こんで
嘘
(
うそ
)
のありたけ
串談
(
じようだん
)
に
其日
(
そのひ
)
を
送
(
おく
)
つて
情
(
なさけ
)
は
吉野紙
(
よしのがみ
)
の
薄物
(
うすもの
)
に、
螢
(
ほたる
)
の
光
(
ひかり
)
ぴつかりとする
斗
(
ばかり
)
、
人
(
ひと
)
の
涕
(
なみだ
)
は百
年
(
ねん
)
も
我
(
が
)
まんして、
我
(
われ
)
ゆゑ
死
(
し
)
ぬる
人
(
ひと
)
のありとも
御愁傷
(
ごしうしよう
)
さまと
脇
(
わき
)
を
向
(
む
)
くつらさ
他處目
(
よそめ
)
も
養
(
やしな
)
ひつらめ、さりとも
折
(
おり
)
ふしは
悲
(
かな
)
しき
事
(
こと
)
恐
(
おそ
)
ろしき
事
(
こと
)
胸
(
むね
)
にたゝまつて、
泣
(
な
)
くにも
人目
(
ひとめ
)
を
恥
(
はぢ
)
れば二
階
(
かい
)
座敷
(
ざしき
)
の
床
(
とこ
)
の
間
(
ま
)
に
身
(
み
)
を
投
(
なげ
)
ふして
忍
(
しの
)
び
音
(
ね
)
の
憂
(
う
)
き
涕
(
なみだ
)
、これをば
友
(
とも
)
朋輩
(
ほうばい
)
にも
洩
(
も
)
らさじと
包
(
つゝ
)
むに
根生
(
こんぜう
)
のしつかりした、
氣
(
き
)
のつよい
子
(
こ
)
といふ
者
(
もの
)
はあれど、
障
(
さわ
)
れば
絶
(
た
)
ゆる
蛛
(
くも
)
の
糸
(
いと
)
のはかない
處
(
ところ
)
を
知
(
し
)
る
人
(
ひと
)
はなかりき、七月十六日の
夜
(
よ
)
は
何處
(
どこ
)
の
店
(
みせ
)
にも
客人
(
きやくじん
)
入込
(
いりこ
)
みて
都々
(
どゝ
)
一
端歌
(
はうた
)
の
景氣
(
けいき
)
よく、
菊
(
きく
)
の
井
(
ゐ
)
の
下座敷
(
したざしき
)
にはお
店者
(
たなもの
)
五六人
寄集
(
よりあつ
)
まりて
調子
(
てうし
)
の
外
(
はづ
)
れし
紀伊
(
きい
)
の
國
(
くに
)
、
自
(
じ
)
まんも
恐
(
おそ
)
ろしき
胴間聲
(
どうまごゑ
)
に
霞
(
かすみ
)
の
衣
(
ころも
)
衣紋坂
(
ゑもんざか
)
と
氣取
(
きど
)
るもあり、
力
(
りき
)
ちやんは
何
(
ど
)
うした
心意氣
(
こゝろいき
)
を
聞
(
き
)
かせないか、やつた〳〵と
責
(
せ
)
められるに、お
名
(
な
)
はさゝねど
此坐
(
このざ
)
の
中
(
なか
)
にと
普通
(
ついツとほり
)
の
嬉
(
うれ
)
しがらせを
言
(
い
)
つて、やんや〳〵と
喜
(
よろこ
)
ばれる
中
(
なか
)
から、
我戀
(
わがこひ
)
は
細谷川
(
ほそだにがは
)
の
丸木橋
(
まるきばし
)
わたるにや
怕
(
こわ
)
し
渡
(
わた
)
らねばと
謳
(
うた
)
ひかけしが、
何
(
なに
)
をか
思
(
おも
)
ひ
出
(
だ
)
したやうにあゝ
私
(
わたし
)
は
一寸
(
ちよツと
)
無禮
(
しつれい
)
をします、
御免
(
ごめん
)
なさいよとて
三味線
(
さみせん
)
を
置
(
お
)
いて
立
(
た
)
つに、
何處
(
どこ
)
へゆく
何處
(
どこ
)
へゆく、
逃
(
に
)
げてはならないと
坐中
(
ざちう
)
の
騷
(
さわ
)
ぐに
照
(
てー
)
ちやん
高
(
たか
)
さん
少
(
すこ
)
し
頼
(
たの
)
むよ、
直
(
じ
)
き
歸
(
かへ
)
るからとてずつと
廊下
(
らうか
)
へ
急
(
いそ
)
ぎ
足
(
あし
)
に
出
(
いで
)
しが、
何
(
なに
)
をも
見
(
み
)
かへらず
店口
(
みせぐち
)
から
下駄
(
げた
)
を
履
(
は
)
いて
筋向
(
すぢむか
)
ふの
横町
(
よこちよう
)
の
闇
(
やみ
)
へ
姿
(
すがた
)
をかくしぬ。
お
力
(
りき
)
は一
散
(
さん
)
に
家
(
いゑ
)
を
出
(
で
)
て、
行
(
ゆ
)
かれる
物
(
もの
)
なら
此
(
この
)
まゝに
唐天竺
(
からてんぢく
)
の
果
(
はて
)
までも
行
(
い
)
つて
仕舞
(
しまい
)
たい、あゝ
嫌
(
いや
)
だ
嫌
(
いや
)
だ
嫌
(
いや
)
だ、
何
(
ど
)
うしたなら
人
(
ひと
)
の
聲
(
こゑ
)
も
聞
(
きこ
)
えない
物
(
もの
)
の
音
(
おと
)
もしない、
靜
(
しづ
)
かな、
靜
(
しづ
)
かな、
自分
(
じぶん
)
の
心
(
こゝろ
)
も
何
(
なに
)
もぼうつとして
物思
(
ものおも
)
ひのない
處
(
ところ
)
へ
行
(
ゆ
)
かれるであらう、つまらぬ、くだらぬ、
面白
(
おもしろ
)
くない、
情
(
なさけ
)
ない
悲
(
かな
)
[#ルビの「かな」は底本では「なか」]
しい
心細
(
こゝろぼそ
)
い
中
(
なか
)
に、
何時
(
いつ
)
まで
私
(
わたし
)
は
止
(
と
)
められて
居
(
ゐ
)
るのかしら、これが一
生
(
せう
)
か、一
生
(
せう
)
がこれか、あゝ
嫌
(
いや
)
だ〳〵と
道端
(
みちばた
)
の
立木
(
たちき
)
へ
夢中
(
むちう
)
に
寄
(
より
)
かゝつて
暫時
(
しばらく
)
そこに
立
(
たち
)
どまれば、
渡
(
わた
)
るにや
怕
(
こわ
)
し
渡
(
わた
)
らねばと
自分
(
じぶん
)
の
謳
(
うた
)
ひし
聲
(
こゑ
)
を
其
(
その
)
まゝ
何處
(
どこ
)
ともなく
響
(
ひゞ
)
いて
來
(
く
)
るに、
仕方
(
しかた
)
がない
矢張
(
やつぱ
)
り
私
(
わたし
)
も
丸木橋
(
まるきばし
)
をば
渡
(
わた
)
らずはなるまい、
父
(
とゝ
)
さんも
踏
(
ふみ
)
かへして
落
(
おち
)
てお
仕舞
(
しまい
)
なされ、
祖父
(
おぢい
)
さんも
同
(
おな
)
じ
事
(
こと
)
であつたといふ、
何
(
ど
)
うで
幾代
(
いくだい
)
もの
恨
(
うら
)
みを
背負
(
せおう
)
て
出
(
で
)
た
私
(
わたし
)
なれば
爲
(
す
)
る
丈
(
だけ
)
の
事
(
こと
)
はしなければ
死
(
し
)
んでも
死
(
し
)
なれぬのであらう、
情
(
なさけ
)
ないとても
誰
(
た
)
れも
哀
(
あは
)
れと
思
(
おも
)
ふてくれる
人
(
ひと
)
はあるまじく、
悲
(
かな
)
しいと
言
(
い
)
へば
商買
(
しようばい
)
がらを
嫌
(
きら
)
ふかと一ト
口
(
くち
)
に
言
(
い
)
はれて
仕舞
(
しまう
)
、ゑゝ
何
(
ど
)
うなりとも
勝手
(
かつて
)
になれ、
勝手
(
かつて
)
になれ、
私
(
わたし
)
には
以上
(
いじよう
)
考
(
かんが
)
へたとて
私
(
わたし
)
の
身
(
み
)
の
行
(
ゆ
)
き
方
(
かた
)
は
分
(
わか
)
らぬなれば、
分
(
わか
)
らぬなりに
菊
(
きく
)
の
井
(
ゐ
)
のお
力
(
りき
)
を
通
(
とほ
)
してゆかう、
人情
(
にんじよう
)
しらず
義理
(
ぎり
)
しらずか
其樣
(
そん
)
な
事
(
こと
)
も
思
(
おも
)
ふまい、
思
(
おも
)
ふたとて
何
(
ど
)
うなる
物
(
もの
)
ぞ、
此樣
(
こん
)
な
身
(
み
)
で
此樣
(
こん
)
な
業體
(
げうてい
)
で、
此樣
(
こん
)
な
宿世
(
すくせ
)
で、
何
(
ど
)
うしたからとて
人並
(
ひとな
)
みでは
無
(
な
)
いに
相違
(
さうい
)
なければ、
人並
(
ひとなみ
)
の
事
(
こと
)
を
考
(
かんが
)
へて
苦勞
(
くろう
)
する
丈
(
だけ
)
間違
(
まちが
)
ひであろ、あゝ
陰氣
(
いんき
)
らしい
何
(
なん
)
だとて
此樣
(
こん
)
な
處
(
ところ
)
に
立
(
た
)
つて
居
(
ゐ
)
るのか、
何
(
なに
)
しに
此樣
(
こん
)
な
處
(
ところ
)
へ
出
(
で
)
て
來
(
き
)
たのか、
馬鹿
(
ばか
)
らしい
氣違
(
きちがひ
)
じみた、
我身
(
わがみ
)
ながら
分
(
わか
)
らぬ、もう〳〵
皈
(
かへ
)
りませうとて
横町
(
よこちよう
)
の
闇
(
やみ
)
をば
出
(
で
)
はなれて
夜店
(
よみせ
)
の
並
(
なら
)
ぶにぎやかなる
小路
(
こうぢ
)
を
氣
(
き
)
まぎらしにとぶら〳〵
歩
(
あ
)
るけば、
行
(
ゆき
)
かよふ
人
(
ひと
)
の
顏
(
かほ
)
少
(
ちい
)
さく〳〵
擦
(
す
)
れ
違
(
ちが
)
ふ
人
(
ひと
)
の
顏
(
かほ
)
さへも
遙
(
はるか
)
とほくに
見
(
み
)
るやう
思
(
おも
)
はれて、
我
(
わ
)
が
踏
(
ふ
)
む
土
(
つち
)
のみ一丈も
上
(
うへ
)
にあがり
居
(
ゐ
)
る
如
(
ごと
)
く、がや〳〵といふ
聲
(
こゑ
)
は
聞
(
きこ
)
ゆれど
井
(
ゐ
)
の
底
(
そこ
)
に
物
(
もの
)
を
落
(
おと
)
したる
如
(
ごと
)
き
響
(
ひゞ
)
きに
聞
(
きゝ
)
なされて、
人
(
ひと
)
の
聲
(
こゑ
)
は、
人
(
ひと
)
の
聲
(
こゑ
)
、
我
(
わ
)
が
考
(
かんが
)
へは
考
(
かんが
)
へと
別々
(
べつ〳〵
)
に
成
(
な
)
りて、
更
(
さら
)
に
何事
(
なにごと
)
にも
氣
(
き
)
のまぎれる
物
(
もの
)
なく、
人立
(
ひとだち
)
おびたゞしき
夫婦
(
めをと
)
あらそひの
軒先
(
のきさき
)
などを
過
(
す
)
ぐるとも、
唯
(
たゞ
)
我
(
わ
)
れのみは
廣野
(
ひろの
)
の
原
(
はら
)
の
冬枯
(
ふゆが
)
れを
行
(
ゆ
)
くやうに、
心
(
こゝろ
)
に
止
(
と
)
まる
物
(
もの
)
もなく、
氣
(
き
)
にかゝる
景色
(
けしき
)
にも
覺
(
おぼ
)
えぬは、
我
(
わ
)
れながら
酷
(
ひど
)
く
逆上
(
のぼせ
)
て
人心
(
ひとごゝろ
)
のないのにと
覺束
(
おぼつか
)
なく、
氣
(
き
)
が
狂
(
くる
)
ひはせぬかと
立
(
たち
)
どまる
途端
(
とたん
)
、お
力
(
りき
)
何處
(
どこ
)
へ
行
(
ゆ
)
くとて
肩
(
かた
)
を
打
(
う
)
つ
人
(
ひと
)
あり。
六
十六日は
必
(
かな
)
らず
待
(
まち
)
まする
來
(
き
)
て
下
(
くだ
)
されと
言
(
い
)
ひしをも
何
(
なに
)
も
忘
(
わす
)
れて、
今
(
いま
)
まで
思
(
おも
)
ひ
出
(
だ
)
しもせざりし
結城
(
ゆふき
)
の
朝
(
とも
)
之
助
(
すけ
)
に
不圖
(
ふと
)
出合
(
であひ
)
て、あれと
驚
(
おどろ
)
きし
顏
(
かほ
)
つきの
例
(
れい
)
に
似合
(
にあは
)
ぬ
狼狽
(
あわて
)
かたがをかしきとて、から〳〵と
男
(
をとこ
)
の
笑
(
わら
)
ふに
少
(
すこ
)
し
恥
(
はづ
)
かしく、
考
(
かんが
)
へ
事
(
ごと
)
をして
歩
(
ある
)
いて
居
(
ゐ
)
たれば
不意
(
ふゐ
)
のやうに
惶
(
あは
)
てゝ
仕舞
(
しまい
)
ました、よく
今夜
(
こんや
)
は
來
(
き
)
て
下
(
くだ
)
さりました
[#「下さりました」は底本では「下りました」]
と
言
(
い
)
へば、あれほど
約束
(
やくそく
)
をして
待
(
まつ
)
てくれぬは
不心中
(
ふしんぢう
)
とせめられるに、
何
(
なん
)
なりと
仰
(
おつ
)
しやれ、
言譯
(
いひわけ
)
は
後
(
のち
)
にしまするとて
手
(
て
)
を
取
(
と
)
りて
引
(
ひ
)
けば
彌次馬
(
やぢうま
)
がうるさいと
氣
(
き
)
をつける、
何
(
ど
)
うなり
勝手
(
かつて
)
に
言
(
い
)
はせませう、
此方
(
こちら
)
は
此方
(
こちら
)
と
人中
(
ひとなか
)
を
分
(
わ
)
けて
伴
(
ともな
)
ひぬ。
下座敷
(
したざしき
)
はいまだに
客
(
きやく
)
の
騷
(
さわ
)
ぎはげしく、お
力
(
りき
)
の
中座
(
ちうざ
)
をしたるに
不興
(
ぶきよう
)
して
喧
(
やかま
)
しかりし
折
(
おり
)
から、
店口
(
みせぐち
)
にておやお
皈
(
かへ
)
りかの
聲
(
こゑ
)
を
聞
(
き
)
くより、
客
(
きやく
)
を
置
(
おき
)
ざりに
中坐
(
ちうざ
)
するといふ
法
(
はう
)
があるか、
皈
(
かへ
)
つたらば
此處
(
こゝ
)
へ
來
(
こ
)
い、
顏
(
かほ
)
を
見
(
み
)
ねば
承知
(
しようち
)
せぬぞと
威張
(
いばり
)
たてるを
聞流
(
きゝなが
)
しに二
階
(
かい
)
の
座敷
(
ざしき
)
へ
結城
(
ゆふき
)
を
連
(
つ
)
れあげて、
今夜
(
こんや
)
も
頭痛
(
づゝう
)
がするので
御酒
(
ごしゆ
)
の
相手
(
あいて
)
は
出來
(
でき
)
ませぬ、
大勢
(
おほぜい
)
の
中
(
なか
)
に
居
(
ゐ
)
れば
御酒
(
ごしゆ
)
の
香
(
か
)
に
醉
(
ゑ
)
ふて
夢中
(
むちう
)
になるも
知
(
し
)
れませぬから、
少
(
すこ
)
し
休
(
やす
)
んで
其後
(
そののち
)
は
知
(
し
)
らず、
今
(
いま
)
は
御免
(
ごめん
)
なさりませと
斷
(
ことは
)
りを
言
(
い
)
ふてやるに、
夫
(
そ
)
れで
宜
(
い
)
いのか、
怒
(
おこ
)
りはしないか、やかましくなれば
面倒
(
めんだう
)
であらうと
結城
(
ゆふき
)
が
心
(
こゝろ
)
づけるを、
何
(
なん
)
のお
店
(
たな
)
ものゝ
白瓜
(
しろうり
)
が
何
(
ど
)
んな
事
(
こと
)
を
仕出
(
しいだ
)
しませう、
怒
(
をこ
)
るなら
怒
(
をこ
)
れでござんすとて
小女
(
こをんな
)
に
言
(
い
)
ひつけてお
銚子
(
ちようし
)
の
支度
(
したく
)
、
來
(
く
)
るをば
待
(
まち
)
かねて
結城
(
ゆふき
)
さん
今夜
(
こんや
)
は
私
(
わたし
)
に
少
(
すこ
)
し
面白
(
おもしろ
)
くない
事
(
こと
)
があつて
氣
(
き
)
が
變
(
かは
)
つて
居
(
ゐ
)
まするほどに
其氣
(
そのき
)
で
附合
(
つきあつ
)
て
居
(
ゐ
)
て
下
(
くだ
)
され、
御酒
(
ごしゆ
)
を
思
(
おも
)
ひ
切
(
き
)
つて
呑
(
の
)
[#ルビの「の」は底本では「のみ」]
みまするから
止
(
と
)
めて
下
(
くだ
)
さるな、
醉
(
ゑ
)
ふたらば
介抱
(
かいはう
)
して
下
(
くだ
)
されといふに、
君
(
きみ
)
が
醉
(
ゑ
)
つたを
未
(
いま
)
だに
見
(
み
)
た
事
(
こと
)
がない、
氣
(
き
)
が
晴
(
は
)
れるほど
呑
(
の
)
むは
宜
(
い
)
いが、
又
(
また
)
頭痛
(
づゝう
)
がはじまりはせぬか、
何
(
なに
)
が
其樣
(
そん
)
なに
逆鱗
(
げきりん
)
にふれた
事
(
こと
)
がある、
僕
(
ぼく
)
らに
言
(
い
)
つては
惡
(
わ
)
るい
事
(
こと
)
かと
問
(
と
)
はれるに、いゑ
貴君
(
あなた
)
[#ルビの「あなた」は底本では「いなた」]
には
聞
(
きい
)
て
頂
(
いたゞ
)
きたいのでござんす、
醉
(
ゑ
)
ふと
申
(
まをし
)
ますから
驚
(
おどろ
)
いてはいけませぬと
嫣然
(
につこり
)
として、
大湯呑
(
おほゆのみ
)
を
取
(
とり
)
よせて二三
杯
(
ばい
)
は
息
(
いき
)
をもつかざりき。
常
(
つね
)
には
左
(
さ
)
のみに
心
(
こゝろ
)
も
留
(
と
)
まらざりし
結城
(
ゆうき
)
の
風采
(
やうす
)
の
今宵
(
こよひ
)
は
何
(
なん
)
となく
尋常
(
なみ
)
ならず
思
(
おも
)
はれて、
肩巾
(
かたはゞ
)
のありて
背
(
せ
)
のいかにも
高
(
たか
)
き
處
(
ところ
)
より、
落
(
おち
)
ついて
物
(
もの
)
をいふ
重
(
おも
)
やかなる
口振
(
くちぶ
)
り、
目
(
め
)
つきの
凄
(
すご
)
くて
人
(
ひと
)
を
射
(
い
)
るやうなるも
威嚴
(
いげん
)
の
備
(
そな
)
はれるかと
嬉
(
うれ
)
しく、
濃
(
こ
)
き
髮
(
かみ
)
の
毛
(
け
)
を
短
(
みち
)
かく
刈
(
かり
)
あげて
頬足
(
ゑりあし
)
の
[#「頬足の」はママ]
くつきりとせしなど
今更
(
いまさら
)
のやうに
眺
(
ながめ
)
られ、
何
(
なに
)
をうつとりして
居
(
ゐ
)
ると
問
(
と
)
はれて、
貴君
(
あなた
)
のお
顏
(
かほ
)
を
見
(
み
)
て
居
(
ゐ
)
ますのさと
言
(
い
)
へば、
此奴
(
こやつ
)
めがと
睨
(
にら
)
みつけられて、おゝ
怕
(
こわ
)
いお
方
(
かた
)
と
笑
(
わら
)
つて
居
(
ゐ
)
るに、
串談
(
じやうだん
)
はのけ、
今夜
(
こんや
)
は
樣子
(
やうす
)
が
唯
(
たゞ
)
でない
聞
(
きい
)
たら
怒
(
おこ
)
るか
知
(
し
)
らぬが
何
(
なに
)
か
事件
(
じけん
)
があつたかととふ、
何
(
なに
)
しに
降
(
ふ
)
つて
沸
(
わ
)
[#ルビの「わ」は底本では「わい」]
いた
事
(
こと
)
もなければ、
人
(
ひと
)
との
紛雜
(
いざ
)
などはよし
有
(
あ
)
つたにしろ
夫
(
そ
)
れは
常
(
つね
)
の
事
(
こと
)
、
氣
(
き
)
にもかゝらねば
何
(
なに
)
しに
物
(
もの
)
を
思
(
おも
)
ひませう、
私
(
わたし
)
の
時
(
とき
)
より
氣
(
き
)
まぐれを
起
(
おこ
)
すは
人
(
ひと
)
のするのでは
無
(
な
)
くて
皆
(
みな
)
心
(
こゝろ
)
がらの
淺
(
あさ
)
ましい
譯
(
わけ
)
がござんす、
私
(
わたし
)
は
此樣
(
こん
)
な
賤
(
いや
)
しい
身
(
み
)
の
上
(
うへ
)
、
貴君
(
あなた
)
は
立派
(
りつぱ
)
なお
方樣
(
かたさま
)
、
思
(
おも
)
ふ
事
(
こと
)
は
反對
(
うらはら
)
にお
聞
(
き
)
きになつても
汲
(
く
)
んで
下
(
くだ
)
さるか
下
(
くだ
)
さらぬか
其處
(
そこ
)
ほどは
知
(
し
)
らねど、よし
笑
(
わら
)
ひ
物
(
もの
)
になつても
私
(
わたし
)
は
貴君
(
あなた
)
に
笑
(
わら
)
ふて
頂
(
いたゞ
)
き
度
(
たく
)
、
今夜
(
こんや
)
は
殘
(
のこ
)
らず
言
(
い
)
ひまする、まあ
何
(
なに
)
から申さう
胸
(
むね
)
がもめて
口
(
くち
)
が
利
(
き
)
かれぬとて
又
(
また
)
もや
大湯呑
(
おほゆのみ
)
に
呑
(
の
)
む
事
(
こと
)
さかんなり。
何
(
なに
)
より
先
(
さき
)
に
私
(
わたし
)
が
身
(
み
)
の
自墮落
(
じだらく
)
を
承知
(
しやうち
)
して
居
(
ゐ
)
て
下
(
くだ
)
され、もとより
箱入
(
はこい
)
りの
生娘
(
きむすめ
)
ならねば
少
(
すこ
)
しは
察
(
さつ
)
しても
居
(
ゐ
)
て
下
(
くだ
)
さろうが、
口奇麗
(
くちぎれい
)
な
事
(
こと
)
はいひますとも
此
(
この
)
あたりの
人
(
ひと
)
に
泥
(
どろ
)
の
中
(
なか
)
の
蓮
(
はす
)
とやら、
惡業
(
わるさ
)
に
染
(
そ
)
まらぬ
女子
(
おなご
)
があらば、
繁昌
(
はんじよう
)
どころか
見
(
み
)
に
來
(
く
)
る
人
(
ひと
)
もあるまじ、
貴君
(
あなた
)
は
別物
(
べつもの
)
、
私
(
わたし
)
が
處
(
ところ
)
へ
來
(
く
)
る
人
(
ひと
)
とても
大底
(
たいてい
)
はそれと
思
(
おぼ
)
しめせ、これでも
折
(
おり
)
ふしは
世間
(
せけん
)
さま
並
(
なみ
)
の
事
(
こと
)
を
思
(
おも
)
ふて
恥
(
はづ
)
かしい
事
(
こと
)
つらい
事
(
こと
)
情
(
なさけ
)
ない
事
(
こと
)
とも
思
(
おも
)
はれるも
寧
(
いつそ
)
九
尺
(
しやく
)
二
間
(
けん
)
でも
極
(
き
)
まつた
良人
(
おつと
)
といふに
添
(
そ
)
うて
身
(
み
)
を
固
(
かた
)
めようと
考
(
かんが
)
へる
事
(
こと
)
もござんすけれど、
夫
(
そ
)
れが
私
(
わたし
)
は
出來
(
でき
)
ませぬ、
夫
(
そ
)
れかと
言
(
い
)
つて
來
(
く
)
るほどのお
人
(
ひと
)
に
無愛想
(
ぶあいさう
)
もなりがたく、
可愛
(
かわい
)
いの、いとしいの、
見初
(
みそめ
)
ましたのと
出鱈目
(
でたらめ
)
のお
世辭
(
せぢ
)
をも
言
(
い
)
はねばならず、
數
(
かず
)
の
中
(
なか
)
には
眞
(
ま
)
にうけて
此樣
(
こん
)
な
厄種
(
やくざ
)
を
女房
(
にようぼ
)
にと
言
(
い
)
ふて
下
(
くだ
)
さる
方
(
かた
)
もある、
持
(
も
)
たれたら
嬉
(
うれ
)
しいか、
添
(
そ
)
うたら
本望
(
ほんもう
)
か、
夫
(
そ
)
れが
私
(
わたし
)
は
分
(
わか
)
りませぬ、そも〳〵の
最初
(
はじめ
)
から
私
(
わたし
)
は
貴君
(
あなた
)
が
好
(
す
)
きで
好
(
す
)
きで、一日
お目
(
おめ
)
にかゝらねば
戀
(
こひ
)
しいほどなれど、
奧樣
(
おくさま
)
にと
言
(
い
)
ふて
下
(
くだ
)
されたら
何
(
ど
)
うでござんしよか、
持
(
も
)
たれるは
嫌
(
いや
)
なり
他處
(
よそ
)
ながらは
慕
(
した
)
はしゝ、一ト
口
(
くち
)
に
言
(
い
)
はれたら
浮氣者
(
うわきもの
)
でござんせう、あゝ
此樣
(
こん
)
な
浮氣者
(
うわきもの
)
には
誰
(
た
)
れがしたと
思召
(
おぼしめす
)
、三
代
(
だい
)
傳
(
つた
)
はつての
出來
(
でき
)
そこね、
親父
(
おやぢ
)
が一
生
(
せう
)
もかなしい
事
(
こと
)
でござんしたとてほろりとするに、
其
(
その
)
親父
(
おやぢ
)
さむはと
問
(
と
)
ひかけられて、
親父
(
おやぢ
)
は
職人
(
しよくにん
)
、
祖父
(
ぢゞい
)
は四
角
(
かく
)
な
字
(
じ
)
をば
讀
(
よ
)
んだ
人
(
ひと
)
でござんす、つまりは
私
(
わたし
)
のやうな
氣違
(
きちが
)
ひで、
世
(
よ
)
に
益
(
ゑき
)
のない
反古紙
(
ほごがみ
)
をこしらへしに、
版
(
はん
)
をばお
上
(
かみ
)
から
止
(
と
)
められたとやら、ゆるされぬとかに
斷食
(
だんじき
)
して
死
(
し
)
んださうに
御座
(
ござ
)
んす、十六の
年
(
とし
)
から
思
(
おも
)
ふ
事
(
こと
)
があつて、
生
(
うま
)
れも
賤
(
いや
)
しい
身
(
み
)
であつたれど一
念
(
ねん
)
に
修業
(
しゆげふ
)
して六十にあまるまで
仕出來
(
しでか
)
したる
事
(
こと
)
なく、
終
(
おはり
)
は
人
(
ひと
)
の
物笑
(
ものわら
)
ひに
今
(
いま
)
では
名
(
な
)
を
知
(
し
)
る
人
(
ひと
)
もなしとて
父
(
ちゝ
)
が
常住
(
ぢやうぢう
)
歎
(
なげ
)
いたを
子供
(
こども
)
の
頃
(
ころ
)
より
聞知
(
きゝし
)
つて
居
(
お
)
りました、
私
(
わたし
)
の
父
(
ちゝ
)
といふは三つの
歳
(
とし
)
に
椽
(
ゑん
)
から
落
(
おち
)
て
片足
(
かたあし
)
あやしき
風
(
ふう
)
になりたれば
人中
(
ひとなか
)
に
立
(
たち
)
まじるも
嫌
(
い
)
やとて
居職
(
いしよく
)
に
飾
(
かざり
)
の
金物
(
かなもの
)
をこしらへましたれど、
氣位
(
きぐらい
)
たかくて
人愛
(
じんあい
)
のなければ
贔負
(
ひいき
)
にしてくれる
人
(
ひと
)
もなく、あゝ
私
(
わたし
)
が
覺
(
おぼ
)
えて七つの
年
(
とし
)
の
冬
(
ふゆ
)
でござんした、
寒中
(
かんちう
)
親子
(
おやこ
)
三
人
(
にん
)
ながら
古裕衣
(
ふるゆかた
)
で、
父
(
ちゝ
)
は
寒
(
さむ
)
いも
知
(
し
)
らぬか
柱
(
はしら
)
に
寄
(
よ
)
つて
細工物
(
さいくもの
)
の
工夫
(
くふう
)
をこらすに、
母
(
はゝ
)
は
欠
(
か
)
けた一つ
竃
(
べツつい
)
に
破
(
わ
)
れ
鍋
(
なべ
)
かけて
私
(
わたし
)
に
去
(
さ
)
る
物
(
もの
)
を
買
(
か
)
ひに
行
(
ゆ
)
けといふ、
味噌
(
みそ
)
こし
下
(
さ
)
げて
端
(
はし
)
たのお
錢
(
あし
)
を
手
(
て
)
に
握
(
にぎ
)
つて
米屋
(
こめや
)
の
門
(
かど
)
までは
嬉
(
うれ
)
しく
驅
(
か
)
けつけたれど、
歸
(
かへ
)
りには
寒
(
さむ
)
さの
身
(
み
)
にしみて
手
(
て
)
も
足
(
あし
)
も
龜
(
かじ
)
かみたれば
五六軒
(
ごろくけん
)
隔
(
へだ
)
てし
溝板
(
どぶいた
)
の
上
(
うへ
)
の
氷
(
こほり
)
にすべり、
足溜
(
あしだま
)
りなく
轉
(
こ
)
ける
機會
(
はづみ
)
に
手
(
て
)
の
物
(
もの
)
を
取落
(
とりおと
)
して、一
枚
(
まい
)
はづれし
溝板
(
どぶいた
)
のひまよりざら〳〵と
翻
(
こぼ
)
れ
入
(
い
)
れば、
下
(
した
)
は
行水
(
ゆくみづ
)
きたなき
溝泥
(
どぶどろ
)
なり、
幾度
(
いくたび
)
も
覗
(
のぞ
)
いては
見
(
み
)
たれど
是
(
こ
)
れをば
何
(
なん
)
として
拾
(
ひろ
)
はれませう、
其時
(
そのとき
)
私
(
わたし
)
は七つであつたれど
家
(
うち
)
の
内
(
うち
)
の
樣子
(
やうす
)
、
父母
(
ちゝはゝ
)
の
心
(
こゝろ
)
をも
知
(
し
)
れてあるにお
米
(
こめ
)
は
途中
(
とちう
)
で
落
(
おと
)
しましたと
空
(
から
)
の
味噌
(
みそ
)
こしさげて
家
(
うち
)
には
歸
(
かへ
)
られず、
立
(
たつ
)
てしばらく
泣
(
な
)
いて
居
(
い
)
たれど
何
(
ど
)
うしたと
問
(
と
)
ふて
呉
(
く
)
れる
人
(
ひと
)
もなく、
聞
(
き
)
いたからとて
買
(
かつ
)
てやらうと
言
(
い
)
ふ
人
(
ひと
)
は
猶更
(
なほさら
)
なし、あの
時近處
(
ときゝんじよ
)
に
川
(
かは
)
なり
池
(
いけ
)
なりあらうなら
私
(
わたし
)
は
定
(
さだめ
)
し
身
(
み
)
を
投
(
な
)
げて
仕舞
(
しま
)
ひましたろ、
話
(
はな
)
しは
誠
(
まこと
)
の百分一、
私
(
わたし
)
は
其頃
(
そのころ
)
から
氣
(
き
)
が
狂
(
くる
)
つたのでござんす、
皈
(
かへ
)
りの
遲
(
おそ
)
きを
母
(
はゝ
)
の
親
(
おや
)
案
(
あん
)
して
尋
(
たづ
)
ねに
來
(
き
)
てくれたをば
時機
(
しほ
)
に
家
(
うち
)
へは
戻
(
もど
)
つたれど、
母
(
はゝ
)
も
物
(
もの
)
いはず
父親
(
てゝおや
)
も
無言
(
むごん
)
に、
誰
(
た
)
れ
一人
(
ひとり
)
私
(
わたし
)
をば
叱
(
しか
)
る
物
(
もの
)
もなく、
家
(
うち
)
の
内
(
うち
)
森
(
しん
)
として
折々
(
おり〳〵
)
溜息
(
ためいき
)
の
聲
(
こゑ
)
のもれるに
私
(
わたし
)
は
身
(
み
)
を
切
(
き
)
られるより
情
(
なさけ
)
なく、
今日
(
けふ
)
は一日
斷食
(
だんじき
)
にせうと
父
(
ちゝ
)
の一
言
(
こと
)
いひ
出
(
だ
)
すまでは
忍
(
しの
)
んで
息
(
いき
)
をつくやうで
御座
(
ござ
)
んした。
いひさしてお
力
(
りき
)
は
溢
(
あふ
)
れ
出
(
いづ
)
る
涙
(
なみだ
)
の
止
(
と
)
め
難
(
がた
)
ければ
紅
(
くれな
)
ひの
手巾
(
はんけち
)
かほに
押當
(
おしあて
)
て
其端
(
そのはし
)
を
喰
(
く
)
ひしめつゝ
物
(
もの
)
いはぬ
事
(
こと
)
小半時
(
こはんとき
)
、
坐
(
ざ
)
には
物
(
もの
)
の
音
(
おと
)
もなく
酒
(
さけ
)
の
香
(
か
)
したひて
寄
(
よ
)
りくる
蚊
(
か
)
のうなり
聲
(
ごゑ
)
のみ
高
(
たか
)
く
聞
(
きこ
)
えぬ。
顏
(
かほ
)
をあげし
時
(
とき
)
は
頬
(
ほう
)
に
涙
(
なみだ
)
の
痕
(
あと
)
はみゆれども
淋
(
さび
)
しげの
笑
(
ゑ
)
みをさへ
寄
(
よ
)
せて、
私
(
わたし
)
は
其樣
(
そのやう
)
な
貧乏人
(
びんぼうにん
)
の
娘
(
むすめ
)
、
氣違
(
きちが
)
ひは
親
(
おや
)
ゆづりで
折
(
おり
)
ふし
起
(
おこ
)
るのでござります、
今夜
(
こんや
)
も
此樣
(
こん
)
な
分
(
わか
)
らぬ
事
(
こと
)
いひ
出
(
だ
)
して
嘸
(
さぞ
)
貴君
(
あなた
)
御迷惑
(
ごめいわく
)
で
御座
(
ござ
)
んしてしよ、もう
話
(
はな
)
しはやめまする、
御機嫌
(
ごきげん
)
に
障
(
さわ
)
つたらばゆるして
下
(
くだ
)
され、
誰
(
た
)
れか
呼
(
よ
)
んで
陽氣
(
ようき
)
にしませうかと
問
(
と
)
へば、いや
遠慮
(
ゑんりよ
)
は
無沙汰
(
ぶさた
)
、その
父親
(
てゝおや
)
は
早
(
はや
)
くに
死
(
な
)
くなつてか、はあ
母
(
かゝ
)
さんが
肺結核
(
はいけつかく
)
といふを
煩
(
わづら
)
つて
死
(
なく
)
なりましてから一
週忌
(
しうき
)
の
來
(
こ
)
ぬほどに
跡
(
あと
)
を
追
(
お
)
ひました、
今
(
いま
)
居
(
を
)
りましても
未
(
ま
)
だ五十、
親
(
おや
)
なれば
褒
(
ほ
)
めるでは
無
(
な
)
けれど
細工
(
さいく
)
は
誠
(
まこと
)
に
名人
(
めいじん
)
と
言
(
い
)
ふても
宜
(
よ
)
い
人
(
ひと
)
で
御座
(
ござ
)
んした、なれども
名人
(
めいじん
)
だとて
上手
(
じやうづ
)
だとて
私等
(
わたしら
)
が
家
(
うち
)
のやうに
生
(
うま
)
れついたは
何
(
な
)
にもなる
事
(
こと
)
は
出來
(
でき
)
ないので
御座
(
ござ
)
んせう、
我身
(
わがみ
)
の
上
(
うへ
)
にも
知
(
し
)
られまするとて
物
(
もの
)
思
(
おも
)
はしき
風情
(
ふぜい
)
、お
前
(
まへ
)
は
出世
(
しゆつせ
)
を
望
(
のぞ
)
むなと
突然
(
だしぬけ
)
に
朝之助
(
とものすけ
)
に
言
(
い
)
はれて、ゑツと
驚
(
おどろ
)
きし
樣子
(
やうす
)
に
見
(
み
)
えしが、
私等
(
わたしら
)
が
身
(
み
)
にて
望
(
のぞ
)
んだ
處
(
ところ
)
が
味噌
(
みそ
)
こしが
落
(
おち
)
、
何
(
なん
)
の
玉
(
たま
)
の
輿
(
こし
)
までは
思
(
おも
)
ひがけませぬといふ、
嘘
(
うそ
)
をいふは
人
(
ひと
)
に
依
(
よ
)
る
始
(
はじ
)
めから
何
(
なに
)
も
見知
(
みし
)
つて
居
(
ゐ
)
るに
隱
(
かく
)
すは
野暮
(
やぼ
)
の
沙汰
(
さた
)
ではないか、
思
(
おも
)
ひ
切
(
き
)
つてやれ〳〵とあるに、あれ
其
(
その
)
やうなけしかけ
詞
(
ことば
)
はよして
下
(
くだ
)
され、
何
(
ど
)
うで
此樣
(
こん
)
な
身
(
み
)
でござんするにと
打
(
うち
)
しほれて
又
(
また
)
もの
言
(
い
)
はず。
今宵
(
こよひ
)
もいたく
更
(
ふ
)
けぬ、
下坐敷
(
したざしき
)
の
人
(
ひと
)
はいつか
歸
(
かへ
)
りて
表
(
おもて
)
の
雨戸
(
あまど
)
をたてると
言
(
い
)
ふに、
朝
(
とも
)
之
助
(
すけ
)
おどろきて
歸
(
かへ
)
り
支度
(
したく
)
するを、お
力
(
りき
)
は
何
(
ど
)
うでも
泊
(
とま
)
らするといふ、いつしか
下駄
(
げた
)
をも
藏
(
かく
)
させたれば、
足
(
あし
)
を
取
(
と
)
られて
幽靈
(
ゆうれい
)
ならぬ
身
(
み
)
の
戸
(
と
)
のすき
間
(
ま
)
より
出
(
いづ
)
る
事
(
こと
)
もなるまじとて
今宵
(
こよひ
)
は
此處
(
こゝ
)
に
泊
(
とま
)
る
事
(
こと
)
となりぬ、
雨戸
(
あまど
)
を
鎖
(
とざ
)
す
音
(
おと
)
一しきり
賑
(
にぎ
)
はしく、
後
(
のち
)
には
透
(
す
)
きもる
燈火
(
ともしび
)
のかげも
消
(
き
)
えて、
唯
(
たゞ
)
軒下
(
のきした
)
を
行
(
ゆき
)
かよふ
夜行
(
やこう
)
の
巡査
(
じゆんさ
)
の
靴音
(
くつおと
)
のみ
高
(
たか
)
かりき。
七
思
(
おも
)
ひ
出
(
だ
)
したとて
今更
(
いまさら
)
に
何
(
ど
)
うなる
物
(
もの
)
ぞ、
忘
(
わす
)
れて
仕舞
(
しま
)
へ
諦
(
あきら
)
めて
仕舞
(
しま
)
へと
思案
(
しあん
)
は
極
(
き
)
めながら、
去年
(
きよねん
)
の
盆
(
ぼん
)
には
揃
(
そろ
)
ひの
浴衣
(
ゆかた
)
をこしらへて
二人
(
ふたり
)
一
處
(
しよ
)
に
藏前
(
くらまへ
)
へ
參詣
(
さんけい
)
したる
事
(
こと
)
なんど
思
(
おも
)
ふともなく
胸
(
むね
)
へうかびて、
盆
(
ぼん
)
に
入
(
い
)
りては
仕事
(
しごと
)
に
出
(
いづ
)
る
張
(
はり
)
もなく、お
前
(
まへ
)
さん
夫
(
そ
)
れではならぬぞへと
諫
(
いさ
)
め
立
(
た
)
てる
女房
(
にようぼう
)
の
詞
(
ことば
)
も
耳
(
みゝ
)
うるさく、エヽ
何
(
なに
)
も
言
(
い
)
ふな
默
(
だま
)
つて
居
(
ゐ
)
ろとて
横
(
よこ
)
になるを、
默
(
だま
)
つて
居
(
ゐ
)
ては
此日
(
このひ
)
が
過
(
すぐ
)
されませぬ、
身體
(
からだ
)
が
惡
(
わ
)
るくば
藥
(
くすり
)
も
呑
(
の
)
むがよし、
御醫者
(
おゐしや
)
にかゝるも
仕方
(
しかた
)
がなけれど、お
前
(
まへ
)
の
病
(
やま
)
ひは
夫
(
そ
)
れではなしに
氣
(
き
)
さへ
持直
(
もちなほ
)
せば
何處
(
どこ
)
に
惡
(
わる
)
い
處
(
ところ
)
があろう、
少
(
すこ
)
しは
正氣
(
しようき
)
に
成
(
な
)
つて
勉強
(
べんきよう
)
をして
下
(
くだ
)
されといふ、いつでも
同
(
おな
)
じ
事
(
こと
)
は
耳
(
みゝ
)
にたこが
出來
(
でき
)
て
氣
(
き
)
の
藥
(
くすり
)
にはならぬ、
酒
(
さけ
)
でも
買
(
かつ
)
て
來
(
き
)
てくれ
氣
(
き
)
まぎれに
呑
(
の
)
んで
見
(
み
)
やうと
言
(
い
)
ふ、お
前
(
まへ
)
さん
其
(
その
)
お
酒
(
さけ
)
が
買
(
か
)
へるほどなら
嫌
(
い
)
やとお
言
(
い
)
ひなさるを
無理
(
むり
)
に
仕事
(
しごと
)
に
出
(
で
)
て
下
(
くだ
)
されとは
頼
(
たの
)
みませぬ、
私
(
わたし
)
が
内職
(
ないしよく
)
とて
朝
(
あさ
)
から
夜
(
よ
)
にかけて十五
錢
(
せん
)
が
關
(
せき
)
の
山
(
やま
)
、
親子
(
おやこ
)
三人
口
(
くち
)
おも
湯
(
ゆ
)
も
滿足
(
まんぞく
)
には
呑
(
の
)
まれぬ
中
(
なか
)
で
酒
(
さけ
)
を
買
(
か
)
へとは
能
(
よ
)
く
能
(
よ
)
くお
前
(
まへ
)
無茶助
(
むちやすけ
)
になりなさんした、お
盆
(
ぼん
)
だといふに
昨日
(
きのふ
)
らも
小僧
(
こぞう
)
には
白玉
(
しらたま
)
一つこしらへても
喰
(
た
)
べさせず、お
精靈
(
しようれう
)
さまのお
店
(
たな
)
かざりも
拵
(
こしら
)
へくれねば
御燈明
(
おとうめう
)
一つで
御先祖樣
(
ごせんぞさま
)
へお
詫
(
わ
)
びを
申
(
まをし
)
て
居
(
ゐ
)
るも
誰
(
た
)
が
仕業
(
しわざ
)
だとお
思
(
おも
)
ひなさる、お
前
(
まへ
)
が
阿房
(
あほう
)
を
盡
(
つく
)
してお
力
(
りき
)
づらめに
釣
(
つ
)
られたから
起
(
おこ
)
つた
事
(
こと
)
、いふては
惡
(
わ
)
るけれどお
前
(
まへ
)
は
親不孝
(
おやふかう
)
子不孝
(
こふかう
)
、
少
(
すこ
)
しは
彼
(
あ
)
の
子
(
こ
)
の
行末
(
ゆくすゑ
)
をも
思
(
おも
)
ふて
眞人間
(
まにんげん
)
になつて
下
(
くだ
)
され、
御酒
(
ごしゆ
)
を
呑
(
のん
)
で
氣
(
き
)
を
晴
(
は
)
らすは一
時
(
とき
)
、
眞
(
しん
)
から
改心
(
かいしん
)
して
下
(
くだ
)
さらねば
心元
(
こゝろもと
)
なく
思
(
おも
)
はれますとて
女房
(
にようぼう
)
打
(
うち
)
なげくに、
返事
(
へんじ
)
はなくて
吐息
(
といき
)
折々
(
おり〳〵
)
に
太
(
ふと
)
く
身動
(
みうご
)
きもせず
仰向
(
あほのき
)
ふしたる
心根
(
こゝろね
)
の
愁
(
つら
)
さ、
其身
(
そのみ
)
になつてもお
力
(
りき
)
が
事
(
こと
)
の
忘
(
わす
)
れられぬが、十
年
(
ねん
)
つれそふて
子供
(
こども
)
まで
儲
(
もう
)
けし
我
(
わ
)
れに
心
(
こゝろ
)
かぎりの
辛苦
(
くろう
)
をさせて、
子
(
こ
)
には
襤褸
(
ぼろ
)
を
下
(
さ
)
げさせ
家
(
いゑ
)
とては二
疊
(
じよう
)
一
間
(
ま
)
の
此樣
(
こん
)
な
犬小屋
(
いぬごや
)
、
世間
(
せけん
)
一
體
(
たい
)
から
馬鹿
(
ばか
)
にされて
別物
(
べつもの
)
にされて、よしや
春秋
(
はるあき
)
の
彼岸
(
ひがん
)
が
來
(
く
)
ればとて
[#「來ればとて」は底本では「來ればれて」]
、
隣近處
(
となりきんじよ
)
に
牡丹
(
ぼた
)
もち
團子
(
だんご
)
と
配
(
くば
)
り
歩
(
ある
)
く
中
(
なか
)
を、
源
(
げん
)
七が
家
(
いゑ
)
へは
遣
(
や
)
らぬが
能
(
よ
)
い、
返禮
(
へんれい
)
が
氣
(
き
)
の
毒
(
どく
)
なとて、
心切
(
しんせつ
)
かは
知
(
し
)
らねど十
軒
(
けん
)
長屋
(
ながや
)
の一
軒
(
けん
)
は
除
(
の
)
け
物
(
もの
)
、
男
(
おとこ
)
は
外出
(
そとで
)
がちなればいさゝか
心
(
こゝろ
)
に
懸
(
かゝ
)
るまじけれど
女心
(
をんなごゝろ
)
には
遣
(
や
)
る
瀬
(
せ
)
のなきほど
切
(
せつ
)
なく
悲
(
かな
)
しく、おのづと
肩身
(
かたみ
)
せばまりて
朝夕
(
てうせき
)
の
挨拶
(
あいさつ
)
も
人
(
ひと
)
の
目色
(
めいろ
)
を
見
(
み
)
るやうなる
情
(
なさけ
)
なき
思
(
おも
)
ひもするを、
其
(
そ
)
れをば
思
(
おも
)
はで
我
(
わ
)
が
情婦
(
こひ
)
の
上
(
うへ
)
ばかりを
思
(
おも
)
ひつゞけ、
無情
(
つれな
)
き
人
(
ひと
)
の
心
(
こゝろ
)
の
底
(
そこ
)
が
夫
(
そ
)
れほどまでに
戀
(
こひ
)
しいか、
晝
(
ひる
)
も
夢
(
ゆめ
)
に
見
(
み
)
て
獨言
(
ひとごと
)
にいふ
情
(
なさけ
)
なさ、
女房
(
にようぼう
)
の
事
(
こと
)
も
子
(
こ
)
の
事
(
こと
)
も
忘
(
わす
)
れはてゝお
力
(
りき
)
一人
(
ひとり
)
に
命
(
いのち
)
をも
遣
(
や
)
る
心
(
こゝろ
)
か、
淺
(
あさ
)
ましい
口惜
(
くちを
)
しい
愁
(
つ
)
らい
人
(
ひと
)
と
思
(
おも
)
ふに
中々
(
なか〳〵
)
言葉
(
ことば
)
は
出
(
いで
)
ずして
恨
(
うら
)
みの
露
(
つゆ
)
を
目
(
め
)
の
中
(
うち
)
にふくみぬ。
物
(
もの
)
いはねば
狹
(
せま
)
き
家
(
いゑ
)
の
内
(
うち
)
も
何
(
なん
)
となくうら
淋
(
さび
)
しく、くれゆく
空
(
そら
)
のたど〳〵しきに
裏屋
(
うらや
)
はまして
薄暗
(
うすくら
)
く、
燈火
(
あかり
)
をつけて
蚊遣
(
かや
)
りふすべて、お
初
(
はつ
)
は
心細
(
こゝろぼそ
)
く
戸
(
と
)
の
外
(
そと
)
をながむれば、いそ〳〵と
歸
(
かへ
)
り
來
(
く
)
る
太吉郎
(
たきちらう
)
の
姿
(
すがた
)
、
何
(
なに
)
やらん
大袋
(
おほぶくろ
)
を
兩手
(
りようて
)
に
抱
(
かゝ
)
へて
母
(
かゝ
)
さん
母
(
かゝ
)
さんこれを
貰
(
もら
)
つて
來
(
き
)
たと
莞爾
(
につこ
)
として
驅
(
か
)
け
込
(
こ
)
むに、
見
(
み
)
れば
新開
(
しんかい
)
の
日
(
ひ
)
の
出
(
で
)
やがかすていら、おや
此樣
(
こん
)
な
好
(
い
)
いお
菓子
(
くわし
)
を
誰
(
だ
)
れに
貰
(
もら
)
つて
來
(
き
)
た、よくお
禮
(
れい
)
を
言
(
い
)
つたかと
問
(
と
)
へば、あゝ
能
(
よ
)
くお
辭義
(
じぎ
)
をして
貰
(
もら
)
つて
來
(
き
)
た、これは
菊
(
きく
)
の
井
(
ゐ
)
の
鬼姉
(
おにねへ
)
さんが
呉
(
く
)
れたのと
言
(
い
)
ふ、
母
(
はゝ
)
は
顏色
(
かほいろ
)
をかへて
圖太
(
づぶと
)
い
奴
(
やつ
)
めが
是
(
こ
)
れほどの
淵
(
ふち
)
に
投
(
な
)
げ
込
(
こ
)
んで
未
(
ま
)
だいぢめ
方
(
かた
)
が
足
(
た
)
りぬと
思
(
おも
)
ふか、
現在
(
げんざい
)
の
子
(
こ
)
を
使
(
つか
)
ひに
父
(
とゝ
)
さんの
心
(
こゝろ
)
を
動
(
うご
)
かしに
遣
(
よこ
)
し
居
(
お
)
る、
何
(
なん
)
といふて
遣
(
よこ
)
したと
言
(
い
)
へば、
表通
(
おもてどほ
)
りの
賑
(
にぎ
)
やかな
處
(
ところ
)
に
遊
(
あそ
)
んで
居
(
ゐ
)
たらば
何處
(
どこ
)
のか
伯父
(
おぢ
)
さんと一
處
(
しよ
)
に
來
(
き
)
て、
菓子
(
くわし
)
を
買
(
か
)
つてやるから一
處
(
しよ
)
にお
出
(
いで
)
といつて、
我
(
おい
)
らは
入
(
い
)
らぬと
言
(
い
)
つたけれど
抱
(
だ
)
いて
行
(
ゆ
)
つて
買
(
か
)
つて
呉
(
く
)
れた、
喰
(
た
)
べては
惡
(
わ
)
るいかへと
流石
(
さすが
)
に
母
(
はゝ
)
の
心
(
こゝろ
)
を
斗
(
はか
)
りかね、
顏
(
かほ
)
をのぞいて
猶豫
(
ゆうよ
)
するに、あゝ
年
(
とし
)
がゆかぬとて
何
(
なん
)
たら
譯
(
わけ
)
の
分
(
わか
)
らぬ
子
(
こ
)
ぞ、あの
姉
(
ねへ
)
さんは
鬼
(
おに
)
ではないか、
父
(
とゝ
)
さんを
怠惰者
(
なまけもの
)
にした
鬼
(
おに
)
ではないか、お
前
(
まへ
)
の
衣類
(
べゞ
)
のなくなつたも、お
前
(
まへ
)
の
家
(
うち
)
のなくなつたも
皆
(
みな
)
あの
鬼
(
おに
)
めがした
仕事
(
しごと
)
、
喰
(
くら
)
ひついても
飽
(
あ
)
き
足
(
た
)
らぬ
惡魔
(
あくま
)
にお
菓子
(
くわし
)
を
貰
(
もら
)
つた
喰
(
た
)
べても
能
(
い
)
いかと
聞
(
き
)
くだけが
[#「聞くだけが」は底本では「聞くだげが」]
情
(
なさけ
)
ない、
汚
(
きたな
)
い
穢
(
むさ
)
い
此樣
(
こん
)
な
菓子
(
くわし
)
、
家
(
うち
)
へ
置
(
お
)
くのも
腹
(
はら
)
がたつ、
捨
(
すて
)
て
仕舞
(
しまい
)
な、
捨
(
すて
)
てお
仕舞
(
しまい
)
、お
前
(
まへ
)
は
惜
(
を
)
しくて
捨
(
す
)
てられないか、
馬鹿野郎
(
ばかやらう
)
めと
罵
(
のゝし
)
りながら
袋
(
ふくろ
)
をつかんで
裏
(
うら
)
の
空地
(
あきち
)
へ
投出
(
なげいだ
)
せば、
紙
(
かみ
)
は
破
(
やぶ
)
れて
轉
(
まろ
)
び
出
(
で
)
る
菓子
(
くわし
)
の、
竹
(
たけ
)
のあら
垣
(
がき
)
打
(
うち
)
こえて
溝
(
どぶ
)
の
中
(
なか
)
に
落込
(
おちこ
)
むめり、
源
(
げん
)
七はむくりと
起
(
お
)
きてお
初
(
はつ
)
と一
聲
(
こゑ
)
大
(
おほ
)
きくいふに
何
(
なに
)
か
御用
(
ごよう
)
かよ、
尻目
(
しりめ
)
にかけて
振
(
ふり
)
むかふともせぬ
横顏
(
よこがほ
)
を
睨
(
にら
)
んで、
能
(
い
)
い
加減
(
かげん
)
に
人
(
ひと
)
を
馬鹿
(
ばか
)
にしろ、
默
(
だま
)
つて
居
(
ゐ
)
れば
能
(
い
)
い
事
(
こと
)
にして
惡口雜言
(
あくこうざうごん
)
は
何
(
なん
)
の
事
(
こと
)
だ、
知人
(
しつたひと
)
なら
菓子位
(
くわしぐらい
)
子供
(
こども
)
にくれるに
不思議
(
ふしぎ
)
もなく、
貰
(
もら
)
ふたとて
何
(
なに
)
が
惡
(
わ
)
るい、
馬鹿野郎
(
ばかやらう
)
呼
(
よば
)
はりは
太吉
(
たきち
)
をかこつけに
我
(
を
)
れへの
當
(
あて
)
こすり、
子
(
こ
)
に
向
(
むか
)
つて
父親
(
てゝおや
)
の
讒訴
(
ざんそ
)
をいふ
女房
(
にようぼう
)
氣質
(
かたぎ
)
を
誰
(
た
)
れが
教
(
おし
)
へた、お
力
(
りき
)
が
鬼
(
をに
)
なら
手前
(
てまへ
)
は
魔王
(
まわう
)
、
商買人
(
しようばいにん
)
のだましは
知
(
し
)
れて
居
(
ゐ
)
れど、
妻
(
つま
)
たる
身
(
み
)
の
不貞腐
(
ふてくさ
)
れをいふて
濟
(
す
)
むと
思
(
おも
)
ふか、
土方
(
どかた
)
をせうが
車
(
くるま
)
を
引
(
ひ
)
かうが
亭主
(
ていしゆ
)
は
亭主
(
ていしゆ
)
の
權
(
けん
)
がある、
氣
(
き
)
に
入
(
い
)
らぬ
奴
(
やつ
)
を
家
(
うち
)
には
置
(
お
)
かぬ、
何處
(
どこ
)
へなりとも
出
(
で
)
てゆけ、
出
(
で
)
てゆけ、
面白
(
おもしろ
)
くもない
女郎
(
めらう
)
めと
叱
(
しか
)
りつけられて、
夫
(
そ
)
れはお
前
(
まへ
)
無理
(
むり
)
だ、
邪推
(
じやすい
)
が
過
(
すぎ
)
る、
何
(
なに
)
しにお
前
(
まへ
)
に
當
(
あて
)
つけよう、この
子
(
こ
)
が
餘
(
あんま
)
り
分
(
わか
)
らぬと、お
力
(
りき
)
の
仕方
(
しかた
)
が
憎
(
に
)
くらしさに
思
(
おも
)
ひあまつて
言
(
い
)
つた
事
(
こと
)
を、とツこに
取
(
と
)
つて
出
(
で
)
てゆけとまでは
慘
(
むご
)
う
御座
(
ござ
)
んす、
家
(
うち
)
の
爲
(
ため
)
をおもへばこそ
氣
(
き
)
に
入
(
い
)
らぬ
事
(
こと
)
を
言
(
い
)
ひもする、
家
(
うち
)
を
出
(
で
)
るほどなら
此樣
(
こん
)
な
貧乏世帶
(
びんぼうしよたい
)
の
苦勞
(
くろう
)
をば
忍
(
しの
)
んでは
居
(
ゐ
)
ませぬと
泣
(
な
)
くに
貧乏世帶
(
びんぼうしよたい
)
に
飽
(
あ
)
きがきたなら
勝手
(
かつて
)
に
何處
(
どこ
)
なり
行
(
い
)
つて
貰
(
もら
)
はう、
手前
(
てまへ
)
が
居
(
ゐ
)
ぬからとて
乞食
(
こじき
)
にもなるまじく
太吉
(
たきち
)
が
手足
(
てあし
)
の
延
(
の
)
ばされぬ
事
(
こと
)
はなし、
明
(
あ
)
けても
暮
(
く
)
れても
我
(
お
)
れが
店
(
たな
)
おろしかお
力
(
りき
)
への
妬
(
ねた
)
み、つくづく
聞
(
き
)
き
飽
(
あ
)
きてもう
厭
(
い
)
やに
成
(
な
)
つた、
貴樣
(
きさま
)
が
出
(
で
)
ずば
何
(
どち
)
ら
道
(
みち
)
同
(
おな
)
じ
事
(
こと
)
をしくもない九
尺
(
しやく
)
二
間
(
けん
)
、
我
(
お
)
れが
小僧
(
こぞう
)
を
連
(
つ
)
れて
出
(
で
)
やう、さうならば十
分
(
ぶん
)
に
我鳴
(
がな
)
り
立
(
たて
)
る
都合
(
つがう
)
もよからう、さあ
貴樣
(
きさま
)
が
行
(
ゆ
)
くか、
我
(
お
)
れが
出
(
で
)
ようかと
烈
(
はげ
)
しく
言
(
い
)
はれて、お
前
(
まへ
)
はそんなら
眞實
(
ほんとう
)
に
私
(
わたし
)
を
離縁
(
りゑん
)
する
心
(
こゝろ
)
かへ、
知
(
し
)
れた
事
(
こと
)
よと
例
(
いつも
)
の
源
(
げん
)
七にはあらざりき。
お
初
(
はつ
)
は
口惜
(
くや
)
しく
悲
(
かな
)
しく
情
(
なさけ
)
なく、
口
(
くち
)
も
利
(
き
)
かれぬほど
込上
(
こみあぐ
)
る
涕
(
なみだ
)
を
呑込
(
のみこ
)
んで、これは
私
(
わたし
)
が
惡
(
わる
)
う
御座
(
ござ
)
んした、
堪忍
(
かんにん
)
をして
下
(
くた
)
され、お
力
(
りき
)
が
親切
(
しんせつ
)
で
志
(
こゝろざ
)
して
呉
(
く
)
れたものを
捨
(
すて
)
て
仕舞
(
しま
)
つたは
重々
(
ぢう〳〵
)
惡
(
わる
)
う
御座
(
ござ
)
いました、
成程
(
なるほど
)
お
力
(
りき
)
を
鬼
(
おに
)
といふたから
私
(
わたし
)
は
魔王
(
まわう
)
で
御座
(
ござ
)
んせう、モウいひませぬ、モウいひませぬ、
決
(
けつ
)
してお
力
(
りき
)
の
事
(
こと
)
につきて
此後
(
このご
)
とやかく
言
(
い
)
ひませず、
蔭
(
かげ
)
の
噂
(
うはさ
)
しますまい
故
(
ゆゑ
)
離縁
(
りゑん
)
だけは
堪忍
(
かんにん
)
して
下
(
くだ
)
され、
改
(
あらた
)
めて
言
(
い
)
ふまでは
無
(
な
)
けれど
私
(
わたし
)
には
親
(
おや
)
もなし
兄弟
(
きようだい
)
もなし、
差配
(
さはい
)
の
伯父
(
おぢ
)
さんを
仲人
(
なかうど
)
なり
里
(
さと
)
なりに
立
(
た
)
てゝ
來
(
き
)
た
者
(
もの
)
なれば、
離縁
(
りゑん
)
されての
行
(
ゆ
)
き
處
(
どころ
)
とてはありませぬ、
何
(
ど
)
うぞ
堪忍
(
かんにん
)
して
置
(
お
)
いて
下
(
くだ
)
され、
私
(
わたし
)
は
憎
(
に
)
くかろうと
此子
(
このこ
)
に
免
(
めん
)
じて
置
(
お
)
いて
下
(
くだ
)
され、
謝
(
あやま
)
りますとて
手
(
て
)
を
突
(
つ
)
いて
泣
(
な
)
けども、イヤ
何
(
ど
)
うしても
置
(
お
)
かれぬとて
其後
(
そのご
)
は
物
(
もの
)
言
(
い
)
はず
壁
(
かべ
)
に
向
(
むか
)
ひてお
初
(
はつ
)
が
言葉
(
ことば
)
は
耳
(
みゝ
)
に
入
(
い
)
らぬ
體
(
てい
)
、これほど
邪慳
(
じやけん
)
の
人
(
ひと
)
ではなかりしをと
女房
(
にようぼう
)
あきれて、
女
(
をんな
)
に
魂
(
たましひ
)
を
奪
(
うば
)
はるれば
是
(
こ
)
れほどまでも
淺
(
あさ
)
ましくなる
物
(
もの
)
か、
女房
(
にようぼう
)
が
歎
(
なげ
)
きは
更
(
さら
)
なり、
遂
(
つ
)
ひには
可愛
(
かわゆ
)
き
子
(
こ
)
をも
餓
(
う
)
へ
死
(
じに
)
させるかも
知
(
し
)
れぬ
人
(
ひと
)
、
今
(
いま
)
詫
(
わ
)
びたからとて
甲斐
(
かひ
)
はなしと
覺悟
(
かくご
)
して、
太吉
(
たきち
)
、
太吉
(
たきち
)
と
傍
(
そば
)
へ
呼
(
よ
)
んで、お
前
(
まへ
)
は
父
(
とゝ
)
さんの
傍
(
そば
)
と
母
(
かゝ
)
さんと
何處
(
どちら
)
が
好
(
い
)
い、
言
(
い
)
ふて
見
(
み
)
ろと
言
(
い
)
はれて、
我
(
おい
)
らはお
父
(
とつ
)
さんは
嫌
(
きら
)
い、
何
(
なん
)
にも
買
(
か
)
つて
呉
(
く
)
れない
物
(
もの
)
と
眞正直
(
まつしようぢき
)
をいふに、そんなら
母
(
かゝ
)
さんの
行
(
ゆ
)
く
處
(
ところ
)
へ
何處
(
どこ
)
へも一
處
(
しよ
)
に
行
(
ゆ
)
く
氣
(
き
)
かへ、あゝ
行
(
ゆ
)
くともとて
何
(
なん
)
とも
思
(
おも
)
はぬ
樣子
(
やうす
)
に、お
前
(
まへ
)
さんお
聞
(
き
)
きか、
太吉
(
たきち
)
[#ルビの「たきち」は底本では「たぎち」]
は
私
(
わたし
)
につくといひまする、
男
(
をとこ
)
の
子
(
こ
)
なればお
前
(
まへ
)
も
欲
(
ほ
)
しからうけれど
此子
(
このこ
)
はお
前
(
まへ
)
の
手
(
て
)
には
[#「手には」は底本では「手はに」]
置
(
お
)
かれぬ、
何處
(
どこ
)
までも
私
(
わたし
)
が
貰
(
もら
)
つて
連
(
つ
)
れて
行
(
ゆ
)
きます、よう
御座
(
ござ
)
んすか
貰
(
もら
)
ひまするといふに、
勝手
(
かつて
)
にしろ、
子
(
こ
)
も
何
(
なに
)
も
入
(
い
)
らぬ、
連
(
つ
)
[#ルビの「つ」は底本では「ゆ」]
れて
行
(
ゆ
)
き
度
(
たく
)
ば
何處
(
どこ
)
へでも
連
(
つ
)
れて
行
(
ゆ
)
け、
家
(
うち
)
も
道具
(
だうぐ
)
も
何
(
なに
)
も
入
(
い
)
らぬ、
何
(
ど
)
うなりともしろとて
寐轉
(
ねころ
)
びしまゝ
振向
(
ふりむか
)
んともせぬに、
何
(
なん
)
の
家
(
うち
)
も
道具
(
だうぐ
)
も
無
(
な
)
い
癖
(
くせ
)
に
勝手
(
かつて
)
にしろもないもの、これから
身
(
み
)
一つになつて
仕
(
し
)
たいまゝの
道樂
(
だうらく
)
なり
何
(
なに
)
なりお
盡
(
つく
)
しなされ、
最
(
も
)
ういくら
此子
(
このこ
)
を
欲
(
ほ
)
しいと
言
(
い
)
つても
返
(
かへ
)
す
事
(
こと
)
では
御座
(
ござ
)
んせぬぞ、
返
(
かへ
)
しはしませぬぞと
念
(
ねん
)
を
押
(
お
)
して、
押入
(
おしい
)
れ
探
(
さ
)
ぐつて
何
(
なに
)
やらの
小風呂敷
(
こぶろしき
)
取出
(
とりいだ
)
し、これは
此子
(
このこ
)
の
寐間着
(
ねまき
)
の
袷
(
あはせ
)
、はらがけと三
尺
(
じやく
)
だけ
貰
(
もら
)
つて
行
(
ゆき
)
まする、
御酒
(
ごしゆ
)
の
上
(
うへ
)
といふでもなければ、
醒
(
さ
)
めての
思案
(
しあん
)
もありますまいけれど、よく
考
(
かんが
)
へて
見
(
み
)
て
下
(
くだ
)
され、たとへ
何
(
ど
)
のやうな
貧苦
(
ひんく
)
の
中
(
なか
)
でも
二人
(
ふたり
)
双
(
そろ
)
つて
育
(
そだ
)
てる
子
(
こ
)
は
長者
(
ちやうじや
)
の
暮
(
くら
)
しといひまする、
別
(
わか
)
れゝば
片親
(
かたおや
)
、
何
(
なに
)
につけても
不憫
(
ふびん
)
なは
此子
(
このこ
)
とお
思
(
おも
)
ひなさらぬか、あゝ
膓
(
はらはた
)
が
腐
(
くさつ
)
た
人
(
ひと
)
は
子
(
こ
)
の
可愛
(
かあい
)
さも
分
(
わか
)
りはすまい、もうお
別
(
わか
)
れ申ますと
風呂敷
(
ふろしき
)
さげて
表
(
おもて
)
へ
出
(
いづ
)
れば、
早
(
はや
)
くゆけ〳〵とて
呼
(
よび
)
かへしては
呉
(
く
)
れざりし。
八
魂祭
(
たまゝつ
)
り
過
(
す
)
ぎて
幾日
(
いくじつ
)
、まだ
盆提燈
(
ぼんぢようちん
)
のかげ
薄淋
(
うすさび
)
しき
頃
(
ころ
)
、
新開
(
しんかい
)
の
町
(
まち
)
を
出
(
いで
)
し
棺
(
くわん
)
二つあり、一つは
駕
(
かご
)
にて一つはさし
擔
(
かつ
)
ぎにて、
駕
(
かご
)
は
菊
(
きく
)
の
井
(
ゐ
)
の
隱居處
(
いんきよじよ
)
よりしのびやかに
出
(
いで
)
ぬ、
大路
(
おほぢ
)
に
見
(
み
)
る
人
(
ひと
)
のひそめくを
聞
(
き
)
けば、
彼
(
あ
)
の
子
(
こ
)
もとんだ
運
(
うん
)
のわるい
詰
(
つま
)
らぬ
奴
(
やつ
)
に
見込
(
みこま
)
れて
可愛
(
かあい
)
さうな
事
(
こと
)
をしたといへば、イヤあれは
得心
(
とくしん
)
づくだと
言
(
い
)
ひまする、あの
日
(
ひ
)
の
夕暮
(
ゆふぐれ
)
、お
寺
(
てら
)
の
山
(
やま
)
で
二人
(
ふたり
)
立
(
たち
)
ばなしをして
居
(
ゐ
)
たといふ
確
(
たし
)
かな
證人
(
しようにん
)
もござります、
女
(
をんな
)
も
逆上
(
のぼせ
)
て
居
(
ゐ
)
た
男
(
をとこ
)
の
事
(
こと
)
なれば
義理
(
ぎり
)
にせまつて
遣
(
や
)
つたので
御座
(
ござ
)
ろといふもあり、
何
(
なん
)
のあの
阿魔
(
あま
)
が
義理
(
ぎり
)
はりを
知
(
し
)
らうぞ
湯屋
(
ゆや
)
の
歸
(
かへ
)
りに
男
(
をとこ
)
に
逢
(
あ
)
ふたれば、
流石
(
さすが
)
に
振
(
ふり
)
はなして
逃
(
にげ
)
る
事
(
こと
)
もならず、一
處
(
しよ
)
に
歩
(
ある
)
いて
話
(
はな
)
しはしても
居
(
ゐ
)
たらうなれど、
切
(
き
)
られたは
後袈裟
(
うしろげさ
)
、
頬先
(
ほうさき
)
のかすり
疵
(
きず
)
、
頭筋
(
くびすぢ
)
の
突疵
(
つききず
)
など
色々
(
いろ〳〵
)
あれども、たしかに
逃
(
に
)
げる
處
(
ところ
)
を
遣
(
や
)
られたに
相違
(
さうい
)
ない、
引
(
ひき
)
かへて
男
(
をとこ
)
は
美事
(
みごと
)
な
切腹
(
せつぷく
)
、
蒲團
(
ふとん
)
やの
時代
(
じだい
)
から
左
(
さ
)
のみの
男
(
をとこ
)
と
思
(
おも
)
はなんだがあれこそは
死花
(
しにばな
)
、ゑらさうに
見
(
み
)
えたといふ、
何
(
なに
)
にしろ
菊
(
きく
)
の
井
(
ゐ
)
は
大損
(
おほぞん
)
であらう、
彼
(
か
)
の
子
(
こ
)
には
結搆
(
けつこう
)
な
旦那
(
だんな
)
がついた
筈
(
はづ
)
、
取
(
とり
)
にがしては
殘念
(
ざんねん
)
であらうと
人
(
ひと
)
の
愁
(
うれ
)
ひを
串談
(
じようだん
)
に
思
(
おも
)
ふものもあり、
諸説
(
しよせつ
)
みだれて
取止
(
とりと
)
めたる
事
(
こと
)
なけれど、
恨
(
うらみ
)
は
長
(
なが
)
し
人魂
(
ひとだま
)
か
何
(
なに
)
かしらず
筋
(
すぢ
)
を
引
(
ひ
)
く
光
(
ひか
)
り
物
(
もの
)
のお
寺
(
てら
)
の
山
(
やま
)
といふ
小高
(
こだか
)
き
處
(
ところ
)
より、
折
(
おり
)
ふし
飛
(
と
)
べるを
見
(
み
)
し
者
(
もの
)
ありと
傳
(
つた
)
へぬ
(終)
出典:青空文庫(
https://www.aozora.gr.jp/cards/000064/files/55672_58811.html
)
青空文庫の奥付
底本:「文藝倶樂部第九編」博文館
1895(明治28)年9月20日
初出:「文藝倶樂部第九編」博文館
1895(明治28)年9月20日
※初出時の署名は、「一葉女史」です。
※変体仮名は、通常の仮名で入力しました。
※清音、濁音の表記の混在は、底本通りです。
※「
惡
(
わ
)
るい」と「
惡
(
わる
)
い」、「商買」と「商賣」、「
夫
(
それ
)
」と「
夫
(
そ
)
れ」、「
眞實
(
しん
)
」と「
眞實
(
ほんとう
)
」、「
成
(
な
)
り」と「
成
(
なり
)
」、「
嫌
(
いや
)
」と「
嫌
(
い
)
や」、「下坐敷」と「下座敷」、「
其樣
(
そん
)
」と「
其樣
(
そのやう
)
」、「
愁
(
つ
)
らき」と「
愁
(
つら
)
さ」、「
氣違
(
きちが
)
ひ」と「
氣違
(
きちがひ
)
」、「中座」と「中坐」、「女房」に対するルビの「にようぼう」と「にようぼ」、「女」に対するルビの「をんな」と「おんな」、「頭痛」に対するルビの「づつう」と「づゝう」、「結城」に対するルビの「ゆふき」と「ゆうき」、「折」に対するルビの「おり」と「をり」、「鬼」に対するルビの「おに」と「をに」の混在は底本通りです。
入力:万波通彦
校正:岡村和彦、日高直哉
2016年4月20日作成
2016年5月6日修正
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、
青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)
で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
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