信姫

末吉 安持

君がはそもいづこか。
大み慈悲の御使女みつかひめ、――
光明ひかる皇子みこのいもうと、
『信』姫に懸想しぬ。
はつ夏のあさぼらけ、
薔薇いろ雲の花やぎ
あまそそり、吹く風に
たへなる香をも浮ぶるや、
いづこと教へよ、姫がありか。

黒檀こくたんの森わけて、
白檀びやくたんの峰越えて、
菱の葉うかべる沼にし
杖すすぐ阿闇黎に問ひ、
苔の花さく古井ふるゐ
阿伽を掬む尼に問へど、
怪しみがほのいらへに、
『知らでや』と過ぎぬれば、
脚絆はゞきぞあだにやぶれ朽つる。

ありか教へよ『しんひめ
君ならで誰につげむ、
年長う真暗まくらやみ
深淵ふかぶちみし清浄しやう〴〵
敬虔けいけんのあはれ恋。
人の世馴れぬ子なれば
足悩おなゆみがちの旅路や、
しばしは君が膝に
帰依きえの額をうづめしめよ。

あなや、呼べど呼べと
山彦の音色ねいろさびて、
名もしらぬ朽木くちき
いまはた夕日落つるや、
わづらひのみのおびえに
逆だちて身ぶるひぬ、
この世はなれしきよらの
恋や、情や、理想や、
いつかむ日をし我は憂ふ。

かたちなき実相じつさう
恋ふるわがさがなれば
隠るる姫を、たゆまじ、
泣かでしもたづねなむ。
見よかなた、夢のごと
天華てんげさくをちの雲、
我霊わがれい勇めよ、遍照へんせう
光のうちに、大み慈悲の
姫が栄えの国ぞ見ゆる。



青空文庫の奥付



底本:「沖縄文学全集 第1巻 詩※(ローマ数字1、1-13-21)」国書刊行会
   1991(平成3)年6月6日第1刷
入力:坂本真一
校正:フクポー
2018年3月26日作成
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