松の影

槙村 浩

何百年のその間
村の境に立ってゐる
一本松の松の影
今はだん〳〵枯れて来て
「かうまではかなく成ったか」と
空をあふいで一人言
「この私が生れたは
 丁度今からかぞへたら
 六百年の其の昔
 あちらの村の庄屋さん
 こゝへ私を植えたので
 何百年のその間
 こゝにかうして居たのだが
 始は小さい松の影
 だん〳〵大きく成って来て
 二つの村の人々が
 一日たんぼで働いた
 つかれをいやす松の影
 今は仲好し友達が
 二人三人つれ立って
 向の山や近の浜
 遠足に行く行き帰り
 必ずこゝで休んで
 こう言ったなら私も
 少しはお役に立ちませう
 しかし今では意地悪な
 きつつき鳥につゝつかれ
 松はだん〳〵枯れて来て
 もう早や死んで終ひそう
 これまでたび〳〵こゝへ来て
 休んで行った村の人
 少しも私に取り合はぬ
 これから私はどうなるか」
言って終って吐いきつく
ほんとにあはれな松の影
大正十一年七月十六日綴



青空文庫の奥付



底本:「槇村浩全集」平凡堂書店
   1984(昭和59)年1月20日発行
※著者が、高知市立第六小学校三年生、四年生のときの作品。謄写版刷りの、同校文集「蕾」から、底本に採録された。
※底本は新字旧仮名づかいです。なお促音の小書きは、底本通りです。
入力:坂本真一
校正:雪森
2014年9月11日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。