野兎の歌

槙村 浩

(ふん、芸術家ってものは、獄中ですらきれ〴〵ながら守りたてゝいる組織を、あまり勝手に外で、解散しすぎるぢゃないか。そんな組織なら連袂脱盟して政治専一にしろよ。――と言った別れしなの獄内の同志の言葉を僕はなだめかねた。)

ある特殊の野兎たちは
集まり、手分けし
野兎たちを組織し
できるだけ多くの同僚を野兎にしようとする
彼等は前足の陰のみづかきみたいなもので
まじめに何かしきりに、書いては消し、消しては書きする
野兎は芸術をもっている!

野兎は火のもえた、炉ばたと野兎の畠を荒らす、黒い頬冠りをした猟師たちに宣戦した
野兎は猟師のように、山刀と鉄砲を持ち、猟師のように整然たる隊伍をもちたいと思った
だが、野兎は束にしてひっくゝられ、猟師の四角や六角の穴倉にひったてられた
穴倉の野兎は
手錠をはめられたみづかきの先をびく〳〵ひきつらせながら彼等の詩を歌いつゞけた
残されたすみかの野兎は
ちらばった部署の陰で、彼等のみづかきをあげて
陰から猟師にはいちゃいした

野兎のあるものは
みづかきを不自由にされていることは、生活を不自由にされていることよりも辛いと思った
野兎はみづかきを持つことが、野兎の種の特徴としてあるまじきことを宣言し
家犬えの非合法な脱獄が
野兎からの合法的な脱獄だとしゃれこんだ

だが野兎は芸術を持っている!
月日がたち
殺されたゞけの真率な野兎は
傷づけられたみづかきをいたわりあいながら
昔の家え帰ってきた
野兎は小さいいろりの傍で、お休みになっている彼等の生活を見た
猟師の畠はやはり野兎の畠だった―――
だが野兎のあるものはみづかきを隠し合い
お互を見せずに、めい〳〵に探るような目ざしを投げ合った

私の野兎は
親しい、だが見知らぬ国に来たような気がした
生活のための賢明な脱落者は思ったより少なかった
―――だがそれは大したことではない―――
問題はこゝにある! と思った
脱落の代りに
解散の声明を書くとは、何と賢明な方法だろう―――と
檻の中でさえ消滅しなかった組織がどこで消滅しうるか?
………書店の棚につまれたサヴェートの報告書は、組織からの脱落者の記述で終っていた………
「同志藤森成吉、片岡鉄兵はプロレタリア芸術からの脱退を声明した」
信じがたい………だが、こんな野兎もある!
若い野兎はぺっと唾を吐き
みづかきをでながら、曲げられぬ組織者の数を数えはじめた



青空文庫の奥付



底本:「槇村浩詩集」平和資料館・草の家、飛鳥出版室
   2003(平成15)年3月15日
※()内の編者によるルビは省略しました。
入力:坂本真一
校正:雪森
2015年5月3日作成
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