鸚鵡
(フランス)
福士 幸次郎
*
フランス
中部
(
ちうぶ
)
の
或
(
あ
)
る
都市
(
まち
)
の
とあるお
家
(
うち
)
の
鳥籠
(
とりかご
)
に、
たつた
一
(
ひ
)
と
言
(
こと
)
口眞似
(
くちまね
)
の
出來
(
でき
)
る
鸚鵡
(
あうむ
)
が
飼
(
か
)
はれてた。
出來
(
でき
)
るといふのは
他
(
ほか
)
でもない、
誰
(
た
)
れかゞ
籠
(
かご
)
に
近寄
(
ちかよ
)
ると、
すましかへつて
大風
(
おほふう
)
に、
叱
(
しか
)
つていふのは
次
(
つ
)
ぎのこと――
誰
(
た
)
れだ、そこにゐるのは?
誰
(
た
)
れだ…?
*
ところで
或
(
あ
)
る
日
(
ひ
)
籠
(
かご
)
の
扉
(
と
)
を
うつかり
女中
(
ぢよちう
)
が
開
(
あ
)
けたとき
得
(
え
)
たりと
鸚鵡
(
あうむ
)
は
逃
(
に
)
げ
出
(
だ
)
して
早速
(
さつそく
)
庭
(
には
)
の
木
(
き
)
にとまる。
呼
(
よ
)
んでも
籠
(
かご
)
へは
歸
(
かへ
)
らない、
傍
(
そば
)
まで
行
(
ゆ
)
くと
例
(
れい
)
の
聲
(
こゑ
)
誰
(
た
)
れだ、そこにゐるのは?
誰
(
た
)
れだ?…
*
それから
森
(
もり
)
へ
飛
(
と
)
んでゆき、
櫻實
(
ゆずらうめ
)
なぞ
啄
(
つつ
)
ついた。
森
(
もり
)
は
胡桃
(
くるみ
)
が
花盛
(
はなざか
)
り、
莓
(
いちご
)
は
藪
(
やぶ
)
に
熟
(
う
)
れてゐる。
天氣
(
てんき
)
はよいし、
人
(
ひと
)
はゐず、
鸚鵡
(
あうむ
)
は
愉快
(
ゆかい
)
でたまらない。
*
さてこゝに
一人
(
ひとり
)
の
百姓
(
ひやくしやう
)
さん、
鐵砲
(
てつぽう
)
かりて
獵
(
かり
)
に
出
(
で
)
て、
森
(
もり
)
を
朝
(
あさ
)
からさまよつて
見
(
み
)
つけたものはこの
鸚鵡
(
あうむ
)
。
『ホウ!』と
思
(
おも
)
はず
喜
(
よろこ
)
んで、
銃
(
つゝ
)
とりあげて
忍
(
しの
)
び
足
(
あし
)
、
獲物
(
えもの
)
目
(
め
)
がけて
近
(
ちか
)
よつて、
銃
(
つゝ
)
のねらひをつけかける。
すると
鸚鵡
(
あうむ
)
は
氣
(
き
)
がついて
例
(
れい
)
の
言葉
(
ことば
)
を
云
(
い
)
ひ
出
(
だ
)
した
誰
(
た
)
れだ、そこにゐるのは?
誰
(
た
)
れだ?…
*
呆
(
あ
)
つ
氣
(
け
)
にとられて
百姓
(
ひやくしやう
)
は、
聲
(
こゑ
)
する
方
(
かた
)
を
見
(
み
)
まもつた。
この
百姓
(
ひやくしやう
)
はその
日
(
ひ
)
まで
鸚鵡
(
あうむ
)
といふもの
知
(
し
)
らなんだ
こんなに
上手
(
じやうづ
)
にものをいふ
鳥
(
とり
)
に
出
(
で
)
あつた
試
(
ため
)
しなし
誰
(
た
)
れだ、そこにゐるのは?
誰
(
た
)
れだ?…
*
そこで
段々
(
だん〳〵
)
怖
(
こわ
)
くなり、
鐵砲
(
てつぽ
)
は
手
(
て
)
から
ずり
おとし、
帽子
(
ぼうし
)
をとつて
丁寧
(
ていねい
)
に
お
辭儀
(
じぎ
)
したあと
言
(
い
)
ふことは、
『いや
御免
(
ごめん
)
ください、わたくしは
貴方
(
あなた
)
を
鳥
(
とり
)
だと
思
(
おも
)
ひました。』
そして
鐵砲
(
てつぽ
)
をひろひあげ
もと
來
(
き
)
た
路
(
みち
)
へと
逃
(
に
)
げ
出
(
だ
)
した。
鸚鵡
(
あうむ
)
はこれで
大得意
(
だいとくい
)
、
一
日
(
にち
)
森
(
もり
)
をば
飛
(
と
)
びまはる。
(
了
(
をはり
)
)
出典:青空文庫(
https://www.aozora.gr.jp/cards/000754/files/48376_32555.html
)
青空文庫の奥付
底本:「思い出の名作絵本 岡本帰一」河出書房新社
2001(平成13)年8月30日初版発行
初出:「コドモノクニ」東京社
1928(昭和3)年10月号
※底本では、作品名に続けて「
(コレハ オカアサマニ ヨンデイタダイテ オボエテクダサイ)
」とある。
※著者名「福士孝次郎」は「福士幸次郎」の印刷ミスと思われる。
入力:川山隆
校正:土屋隆
2008年8月28日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、
青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)
で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
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