私は
をお話し致しませう。私は子供の
おつかさん、黄金機会ツてなに?
大層好 いをり、好都合の時といふことですよ。
では、なぜ黄金ていの?、金のをりなんて、なに?
母はニツコリ笑つて、それは西洋風の大層
では、なぜ黄金ていの?、金のをりなんて、なに?
私は
かあさま、其黄金機会ツていふ様 なことはお金のたんとある人か、さうでなければ、昔 しの人か、さうでなければ書物に書 てある、マア日本で正成 とか、西洋でワシントンとかいふ様な人にしかないかと思ひ升ネ。なんだかふだん見る本統の人や子供にはない様ですわ。
ナニ、俊子 の様な子供に其黄金機会がないとおいひのか?おまへ一寸 、さしあたりどんな黄金機会が入用 なのですか、
私は今考へればナニ、
さうネ、こないだ雑誌で読んだ西洋の婦人みたいにどこか戦争のある処 へ行つて怪我人 の看病がして遣度 いですわ、さうでなければ、ソラ日本の歴史にある橘 姫みた様にお国に大切な人の身代りになり度 の。アラ、それでも私が海へ跳 び込んで見たつて、何の益 にも立 ないのネ。
さうですとも。何の益 にもたちませんよ。
私はまた少し考へ、さうですとも。何の
それから、またそれが何か人の益 にたつたつて、自分にはなんにも分りませんものネ、つまらないわ。死んじまふんだもの。
母はまた笑ひながら「さうとも」といひ
かあさま、それはいけないとして、こんなことはどうでせう、饑饉 でみんな貧乏人が斃 れて死んでしまふといふ時、お倉にお米や、お金が沢山ある人になつてゝ、みんなにどん〳〵施しをして遣 るといふ様なのわ。デモ、さういふ黄金機会がなにもないんですもの。
いゝえ、さうとも一概にいへませんよ。人に善を施 こすといふ折は誰 にも随分有るもんです。さうして其折を外さず用ゐて行けば、キツト人を助けられるもんです。つまりわたしたちの心一ツで黄金機会が出来るんですよ。
アノ、西洋のハウアドとかいふ人ネ、牢屋 にはいつて居る可愛さうな人を助けて出してやつたつてネ、わたしもあの鎖で繋 がれて馬や牛みた様に働らかされてる人たちをゆるしてみんなうちへ帰る様にして遣 り度 と思ひ升 たけれどネ………それは出来ませんのさ、しかし貧乏人に人間の義務といふものを教へて遣 つたり暮しの立つ様に家業を見つけてやつたりして、貧に迫られて、盗 をしない様に世話をしてやれば、始 から牢 やへはいらない様にしてやれませう。
母は此時私にいゝえ、さうとも一概にいへませんよ。人に善を
アノ、西洋のハウアドとかいふ人ネ、
おぢいさま、そのめゝずみたいな物なぜお書 なすつたの?
なぜつて、字が倒 まになつてるから、活版やに直せといふ記 しだよ。
デモ丸でめゝず見たやうですわ、活版やで知つてるのかしら、ヒヨツト知らないで、そんなめゝずの絵を入れてしまつたらどうでせう?
なぜつて、字が
デモ丸でめゝず見たやうですわ、活版やで知つてるのかしら、ヒヨツト知らないで、そんなめゝずの絵を入れてしまつたらどうでせう?
どうだ、貴様はお袋の様な音なしくつて悧 こい女になれるか、チツト六 ヶ敷 様 だな、今のみゝずの話しも十一の児 にしちやア余り馬鹿 げた様 だな、どうだ、アハヽヽ、そんな真面目 な顔をせずともだ。けふは貴様の誕生日だらう。何か祝つてやらずばなるまいな。どうら。
お
おぢいさんなんぞが子供の時は、誰 も金を呉 れる人はなかつたぞ。
私はお
貴様それがなんだか知つてるか?
金貨の一円でせう。
どうだ、貴様にやるがつかへると思ふか?
エー〳〵つかへ升とも。
イヨー、中々慾 に抜目 はないな。貴様にやつたつて益 には立 ないが、どうも仕方がない、誕生日のお祝ひにやるとしやうよ。
アラ、あんなこと仰 つて、益 にたゝないなんて、なぜ?
格別の益 にはたゝんといふのだよ、着るものや、食 るものや、雨露を凌 ぐ家はみんな両親に供 へて貰 らふのだから、外に大した入用 はないではないか?
さうネ、それでも此金貨はわたくしの好 な様につかつてよう御坐 い升か?
よいとも、モウ貴様にやつたものだからな。
全体、おぢいさまなにかはこんな金貨いくら持つて入 つしやるか知れないのネ、つかつておしまひなさるとまたあとからお金入れへはいつて居升のネ、
さうかな。
私なにかは、この一ツつ切りじやありませんか、だから大事ですわ。アノおぢいさま、アノおぢいさまはみんなお金をどうしておしまひなさるんでせうか、私なんかそんなにたんと持つて居たらいろんな好 なもの買升 けどネ。
いかさま、先 第一木彫 の人形か、其次は………イヤ中店 のおもちやを一手買占も出 るだらうな。処 がたつたこれ一ツしか授からないから、先 づおあいにくさまといふ処 だ、貴様がうつちやる権理のあるのはこれ一枚限りだ、おあいにくさまだナア、アハヽヽヽ
でも、私 だつてうつちやると諦 つてはしませんよ、なにか好 ことにつかふかも知れませんもの。
善根を蒔 く為 につかふといふのか、これはしたり、それはまた大したこつたな、さうともそれなら、うつちやるもんぢやないとも。
それから私は先刻読んだことから、母に聞いたことを細かに話し始め金貨の一円でせう。
どうだ、貴様にやるがつかへると思ふか?
エー〳〵つかへ升とも。
イヨー、中々
アラ、あんなこと
格別の
さうネ、それでも此金貨はわたくしの
よいとも、モウ貴様にやつたものだからな。
全体、おぢいさまなにかはこんな金貨いくら持つて
さうかな。
私なにかは、この一ツつ切りじやありませんか、だから大事ですわ。アノおぢいさま、アノおぢいさまはみんなお金をどうしておしまひなさるんでせうか、私なんかそんなにたんと持つて居たらいろんな
いかさま、
でも、
善根を
私は
翌日は半日のお
仕立やの隣りには
お嬢様、おとなりへ入 つして御覧遊 しましな。
行つても好 の?
宜 しう御座い升とも、御覧遊 したら、其先へ入つしやらずと、直ぐお帰り遊ばしまし、さう遊ばせば、何にもわるいことは御座いません。
私は行つても
嬢さま、おはいりなさいまし。
声を和らげ、
嬢さま、何がお眼 に止 り升 た? 何ぞお買ひなすつて。
といひ升から、知らぬ店へ立寄るは物を買ふ
いゝえ、なんにも買ふのぢやないの。
それはどうも、イヤナニ此人形や風琴はツイをとついイギリスの船で揚り升 たものですから、丁度好 い処 で、ヘイ、なんぞ御意に入つたものは御座い升まいかナ、ナニ十日もたち升とみんな売切升 からナ。折角お出 ですからなんぞ……
とそれはどうも、イヤナニ此人形や風琴はツイをとついイギリスの船で揚り
オヤ、さう、みんな売れつちまふの? みんななくなるの?
と
左様ですとも、モウいまにどん〳〵買 においでなさい升。見る中 になくなつてしまひ升。
いひながら私は父と家へ帰りしな、
とうさま、両方の手に持つて引張つたり、縮めたりしさへすればようく鳴るんですよ、易 しいの、いつでもおとうさまにひいてあげ升よ。
といひ
おまへどうおしだ?
私は母の顔を見ると一層激しくシヤクリあげ、
アノ………アノこんなもの買つちまつたの………弾けも何もしないものを………モウ黄金……黄金機会がなくなつちまつたア――
と
オヤ、モウあの金貨をつかつてしまひ升 たの? 長やの捨坊 を学校へやる筈ではなかつたの、あのお金があれば、半年学校へやれるつていつて聞かせて上 たでせう。
私はまた新たに
おまへモウ買つてしまつたのだから仕方がないけれど、よく考へて御覧なさいよ。おまへも善 い事をし度 とおもはないではないが、一生懸命にならないからいけませんよ。それが熱心でないといふのです。誰 でも善事 をし度 ないとおもふ人はないが、本気になつて、一心にそれをしようと思ふ人と好加減 に上つらでし度 と思ふ人とで大変な違ひになるんですよ。おまへは子供にしては余程のお金を持つて、それを善 い事につかへば、大層立派な行状が出来たものを、大切な機会を外しておしまひだつたよ。
私がじつと聞いて居る
あのお捨坊 を半年学校へやつて御覧、それこそあの児 の為 にどの位結搆 なことだつたか知 ませんよ、第一読書のことも少しは覚えられる、また色 〳〵身の為 になる結搆 なお話しもきける、あの児 の一生にどの位利益があつたか知れませんよ、さうして其立派な善行を行ふ機会を何ととりかへたかといへば………
私はこれまで聞いてモウたまらなくなり、
私が大へんわるかつたんですから、かあさまどうぞ御免下さい、買ふつもりでも何でもないんでしたもの、あの人が弾 てるの聞いてたら、みんな忘れつちまつたんです。知らないで、ウツカリ買つちまつたんです。モウ決してこんな事しませんネイ、かあさま、モウおもちや屋なんか行 ませんよ。
オヤおまへおもちや屋[#「おもちや屋」は底本では「おもち屋」]計 りが決心の忘れ処 だとお思ひか、気をつけないとまだ他の処 で幾度かこんなことをし升よ。
涙を流さぬオヤおまへおもちや屋[#「おもちや屋」は底本では「おもち屋」]
かあさま、それでは私はモウどうしても善 いことは出来升まいか、私が何か善事 をしようと思ひ升と、いつの間にか外の考へが来て邪魔をして居升もの。とうさまが私のことを棒ふらの様だなんて仰 るんですもの。
おまへは決心をしてそれを為遂 げることの六ヶ敷 方 には違ひ有 ません。それが為 におまへもいかい苦労をおしだ、わたしも中 〳〵はたで気が揉 め升。しかしまた少 さいにしては感心な処 も有升 。それはおまへを高慢にしよう為 ではない、余り気を落さない為 に話して聞かせて置 升。
かあさま、それは何ですか早く話して頂戴 。
ナニネ、おまへが真実善をし度 と思ふ心根です。たとひウツカリ忘れて、ずるに諦 めたことをせずにしまふことが有ても、又思 直して新らしく決心をするから、それが一ツ取どころです。だん〳〵其 忘れる癖 を矯 め直して、心を落着け、恐れ多いことですが、総 べて聖 き御心のまゝに治めて入 つしやる御神 の見まへと思つて万事する様にしたら、キツトしまひには思ひ通り出来る様になりませう。
かあさま、本統に仰 る通りですよ、此風琴を見ると心地がわるくなり升から、たゝんでしまひませうネかあさま、
といつて、此時涙をおまへは決心をしてそれを
かあさま、それは何ですか早く話して
ナニネ、おまへが真実善をし
かあさま、本統に
さて私の誕生日も過ぎて一週間あとになつた時までも銀貨は銅貨とも〳〵例の絹の袋に居残つて手をつけずに
私の
おまへ、あの銀貨をあの金貨の埋合 せになんぞ善 いことにつかい度 とおいひだつけネ、あの塩煎餅 やのかみさんもモウ大分よくなつたから、二三日中には田舎へ行切 りに行くつて、けふいつてましたよ、おまへもあの女に今まで可愛がつてお貰 ひだつたから、日和下駄 の一足もそれで買つておやりだと好 ネ。それとも外につかひ道があればだが。
いゝえ、かあさま何にもつかひ道を考へちやないの、だから買つてやりますよ、本たうに好 こと、かあさま悦 び升 かネ、
それは大悦 びでせうよ、それではそれとお諦 だネ、おまへが買つておやりでなければわたしが買つて贐 にやらうと思つてたのです。おまへ又お忘れでないよ。おとうさまが明日 は町へお出 でだから其時行つて見て来たら好 でせう。
私は先日の取りかへしをする積りで心いゝえ、かあさま何にもつかひ道を考へちやないの、だから買つてやりますよ、本たうに
それは
御飯も大急ぎに済まし、
アヽおまへこゝに居たネ、おつかさんが町へつれてつて呉 れろといつたが、行くなら早く仕度をするが好 い、直 と出るから、
といひ升から、私は時のたつたのにビツクラし、
オヤモウ十時ですか、今行けば此涼場 がどうしても間に合ひませんネ、
何に間に合わんといふのだ?
アレ、とうさま、吉田 のとしちやんと秀 ちやんがくるんですよ、モウお忘れなすつて?
さうだつたナ、さういふ大切なことを忘れては済まんかつた、アハヽヽ併しあれらが来る設 にするのならば、家に居て拵 らへてしまふがよからう町はまたこん度としてナ。
父は例の何に間に合わんといふのだ?
アレ、とうさま、
さうだつたナ、さういふ大切なことを忘れては済まんかつた、アハヽヽ併しあれらが来る
この児 は今 拵 らへて居る涼場 を仕挙度 さうだから、けふはうちに居るとしたらよからう、それにけふは連れて行つて都合のよくないこともあるから、尤も大した用事なら格別だが。
母が答へる私はこれより心のムシヤクシヤするのを追払らふ積りで一際精神
此日は土曜日でしたが、あくる日曜日を
おまへ何しに行くのだえ?
あれ、かあさま、塩煎餅 やのをばさんにやる下駄 を買ひにですよ。
アヽヽそれならば、モウ今朝早く立ち升たよ。
母は私の顔を見ず、何となく不興気にかういひ升た。さうしてあれ、かあさま、
アヽヽそれならば、モウ今朝早く立ち升たよ。
アヽ、これ、あの障子はおまへがこはしたのか?
うつむく私の様子を見て、少し厳しく、
おとうさま、御免なさいな。
おまへは詫 をしても忘れるから困り升。今度は忘れさせない様にせずばなるまい、おまへ自分の金をいくらか持つて居るか?
二十銭の銀貨と一銭銅貨と持つて居升の。
中 〳〵それではあのガラスを取代へる事は出来んが、先 づ其 銭はおまへのいたづらの罰金にとつて置かう。
かう聞くと共に私のおまへは
二十銭の銀貨と一銭銅貨と持つて居升の。
おまへこれ丈 しか持つて居ぬのか?
エー………あと銅貨が一ツある切り………
といつて、私は子供ながらも、父が其金を罰金にとるを非常につらく思つて居つたことはようく分つて居り升た。父は手の平へエー………あと銅貨が一ツある切り………
これに懲 て今度はモツト気をつけるが好 い。
といひながら向ふへ行つていまひ升た。私は父の影が見えなくなると子供のうち
とうさま、あのお金を取りあげておしまひなすつたつて、泣 てるんぢや有 ませんよ。
それでは何を泣 て居るのだ?
といつて、私をそれでは何を
存外おはなしが長くなり升てお躰屈でせうが紙数が限つて有升から銅貨のお話しは此次へ廻します。
父は静に私を諭して、つまり
とうさま、モウ黄金機会も何もなくなつて、たつた此 銅貨一ツになつちまひ升たよ。
其 一銭でも真心をもつてつかへば、決して馬鹿 に出来ない好 い結果があるかも知れんよ。
父は間もなく用事が出来て行つてしまひ、私も子供心に
御新さまはさつきお出かけで、まだお帰りはないよ、アー、いつお帰りになるかネー、分らないよ。
といふが
ちよいと、おばあさん、お待 なさいよ、これ………
とて手に載せて出したものを見て、老母は始めは驚いた様子でしたが、
嬢さん、ありがたう。
も、口の内で、又トボ〳〵家路さして帰り升た。何ことと
可哀さうに、よくおやりなさい升たネ、あのばあさんは、ぢいさんと一処にあした救育院へやられつちまふんですとさ可哀さうに、
とさてこれからどの位たち升たか、半月か一月もたつたことでしたらう、私は
オヤ、おとめさん、此節はおかはりも有 ませんか、おぢいさんはどうし升た。
アヽ、ナニ、こねいだは大分好 よ、ぢいさまもネ、この頃 は又畑へ出て、アレあすこに、人の仕事してるとこで石ツころを拾はして貰 つてまさあ。ハヽイヤ、ふたりともこねいだからいつにねい、笑 らあこともあるんだ、アハヽヽ
のぶは少し声を張りあげ、(ばあさまのアヽ、ナニ、こねいだは大分
あの、うちでもみんな悦 んで居升 たよ、おとめさん夫婦はとんだ仕合せだつてネ、御新さまなんども大へんと悦 んでおいでなすつたよ。
どうも有 がていこつてネ。
といひながらまだ何か話したさうに、どうも
で、家賃も何もみんな払へたつて本統ですか? 芳 さんなんて善 い息子をお持ちなすつたのが何よりお仕合せですネ。
さうともネ、なんてい、有 がていこつたか、おつかさんがよくしておくんなすつた恩は忘れませんてネ、よ、手紙へけいてよこしてさ、あの児 がネ、ほんたうに孝行だよ。
のぶは何故かさうともネ、なんてい、
おとめさん、始めつからの話しをおきかせなさいな。話さうともネ、あの日さ、御新さんとけへ行つた時ネ、どうもわたしもよつぽど困つてたのさ、なんて、気持がわるかつたかよ、なんだつていふと、あの朝大家さまから使 が来てネ、おめひら何年もこゝに居て気の毒だが、さう〳〵店賃 が滞つちやア困るから、どうも仕方がねい、あしたにも出てもれひてい、おれの方からねげひ出して救育院ていのへ遣 つてやるつてネ、
のぶは
ほんたうにひどいネー、こんなに長く居た人たちを………
ばあさんはあとをつぎ、
それさ、わたしもあんまりだと思ふから、いつたのさ、御尤様 ですとネ、御尤様にやア相違御ぜいませんけど、あの通りぢいさんも足が痛んで寝て居るもんで、今ちつと勘弁は出来升めいかつて、いつて見ても、中々いふことを聞いて呉 れるどこでない、ひでい権幕で、おめいらの様なものへは一日も貸して置 かれねい、店賃計 ぢやねい、あつちこつち借財 があるさうだつていはつしやる、さういへばさうなんだが、わたしらあ茶だら一杯入れやしねい、倹約に倹約して暮らして居たんだからネ、
のぶはまた話しの腰を折つて、
いくら借 ておいでなすつたんだネ?
そつちこつちで三両二分もあつたかネ、それに店賃 が三月分溜 つて二両と七〆さ。米やへは其前 に払ひして、薬料はやる、家 にあ、からつきり一文もなかつたんだよ、食べるものといつたら一とかけらだつてなくなつてさ。
のぶはまたそつちこつちで三両二分もあつたかネ、それに
そこを助けたんだから芳 さんもほんたうに孝行だネ、
さうとも、わたしの腹を痛めた児 ぢやアねいがネ、実の児 とおんなじこと、可愛がつてそだつたから、をやぢよりわたしをこよしがるくらゐだよ。だが、あゝしてうちを出て人につかはれて居るんだから、あの時分居どこが知れなくなつてネ、なほと困つたんだ。丁度あの日わたしも実困つちまつてよ、どうすることもなしだから、いつも贔屓 にしておくんなはる御新さんにおはなしゝて、迚 も大変なお金だからしやうがあるめいけど、たゞ可哀さうだつていつて貰 つてもそれ丈 気もちが好 と思つてさ、
のぶは同情を感じたらしくさうとも、わたしの腹を痛めた
本にさうとも、気の毒がつて貰 ふ計 りでも、嬉 しいもんですからネ。
御新さんもお留守ださうで、むだ足して帰るとこをよ、この嬢さんがひよつくら来て、一銭銅貨アくれたんだ、可愛らしいけんど、どうすべい、五両も六両も借 てるもんに一銭があになるべいと思つたが、よく〳〵思ひ直して、今夜つける油もねいから、よし〳〵これで蝋燭 一挺 買 てぢいさんとふたり暗闇 で今夜泣くとこを、このおかげに、燈 がつけられると思つてネ、万 やへボツ〳〵いつて蝋燭 一挺 買つてネ、直 ぐ帰らうとすると万 やの五郎兵衛 どんが、おとめさん久振 りだ一服吸つていきなつて愛想するから、其気になつてちよつこら腰を息 めてると、そこへあすこのかみさんが出て来てネ、思付 いた様に「オヤ、おとめさんかへ? きのふ来た手紙を忘れずにやらないでは」といふので、五郎兵衛 どんも漸 く気がついたと見えて、「さうだつけ、モウちつとで忘れるとこだつけ」といふ様な訳さネ。わたしも粟 アくつて、「なにかへ、芳 んとこから来たんぢやねいか」ツていふと、これだといふのさ、挨拶 もろくにしねいでうちへけいて蝋燭 うつけてぢいさんに読んで貰 ふと、今度福井ツていふ方 へお供に来て、大分お金の貰 はれる様になつたから月々送る、これは久しく溜 めておいたのだから少し計 りだけどつてネ、十円札が一枚はいつて居るぢやねいか、ぢいさんもわたしも頭ア挙 らなかつたネ、嬉 し泣 になけてよ、
ばあさんは御新さんもお留守ださうで、むだ足して帰るとこをよ、この嬢さんがひよつくら来て、一銭銅貨アくれたんだ、可愛らしいけんど、どうすべい、五両も六両も