宇宙の迷子

海野 十三



   ゆかいな時代


 このゆかいな探険たんけんは、千九百七十何年だかにはじめられた。いいですか。
 探険家はだれかというと、川上一郎君、すなわちポコちゃんと、やま万造まんぞう君、すなわちせんちゃんと、この二人の少年だった。
 川上君は、顔がまるく、ほっぺたがゴムまりのようにふくらみ、目がとてもちいさくて、鼻がとびだしているので、まめタヌキのように、とてもあいきょうのある顔の少年だ。タヌキはポンポコポンであるから、それをりゃくして川上君のことを友だちはポコちゃんとよんでいる。とてものんきな、にぎやかな子どもだ。
 山ノ井君のほうは、顔が丸くなく、上下にのびていて、頭は大きく、あごの先がとがっていて、どこかヘチマにている。ヘチマ君とよばないで、ヘチマのチをせんとよみ、千ちゃんとよばれているが、それは山ノ井君はなかなか勉強がよくでき、友だちにしんせつで、級長をしているくらいだから、ヘチマとはよばないのだった。
 この二人はたいへん仲がよくて、いつも二人つながってあるいていたり、あそんだり勉強したりしている。だからこの二人が組んで、探険に出かけるのはもっとものことだ。
 探険――などというと、むかしはたいへん大じかけな、お金のうんといる事業のようにいわれたものだ。そのくせ探険のもくてき地はアフリカの密林の中とか、北極とかで、みんなこのせまい地球の上にある場所にすぎなかった。いまはそうではなく、探険といえば、たいてい地球の外にとびだしていくのだ。年号が千九百七十年代にはいると、世界中の人々がこの宇宙探険熱にとりつかれ、われもわれもと探険に出かけるようになった。探険がかんたんにできるようになったわけは、もちろん原子力エンジンが完成したせいである。
 原子力エンジンは、小型のものでも、何億馬力の力をだす。その原料はすこしでよい。昔はガソリンや石炭をつかっていたが、あんなものはうんとたいても、いくらの力も出やしない。原子力エンジンが世の中に出るようになってから、ガソリンも石炭もただみたいにやすくなったが、それは原子力エンジンにくらべると、たいへん能率のわるいエネルギーのみなもとだからである。
 さて、わがポコちゃんと千ちゃんをここへつれてきて二人の話をきくことにしよう。
「もう知れちまったのですか。早いねえ。ええそうです。ぼくとポコちゃんとの二人で、この夏やすみの二カ月間を利用して、ちょっと月の世界を探険してこようと思うんです」
 そういったのは、千ちゃんだった。
「ほんとうはぼくは火星までいってみたいんだけれどねえ。こんどは日数がたりないので、だめさ」
 ポコちゃんは、小さい目をしばたいてそういった。
「月の世界にこれまでいったことがあるんですか」
 と、きいてみた。
「いいや、こんどが、はじめてです」
「どんなものを目的に探険するのですか。貴重な鉱石かなんかをさがしにいくんでしょう」
「そうじゃないんです。ぼくは、月がなぜあんなにえてしまったかということをしらべたいと思うんです」
 千ちゃんは、そういってから、かたわらのポコちゃんのほうをゆびさして、
「しかしポコちゃんは、ぼくとちがった、べつな目的で探険するといっています」
「ポコちゃんの探険目的はなんですか」
「ぼくはね、ちょっとたいへんなんだよ。月の世界へいって、生物をさがすんだよ」
 ポコちゃんは肩をそびやかした。
「生物をさがす? だって月には生物がいないんでしょう。月は冷えきっているし、空気も水もないから、生物がいきていられないわけですね」
「それがね、ぼくは問題だと思うんだ。ほんとうに生物がいないかどうか、じっさい月の世界へいってよく探してみないことには、はっきりしたことはいえない。それにね、ぼくは前から、月の世界には生物がいるにちがいないと推理をたてているんだ」
「へえ、ポコちゃんだけですね、月の世界には生物がいるなどと考えているのは……。もっとも大昔は、月の中にウサギがすんでいて、もちをついているという話があったが、あれは伝説にすぎないですね」
「ぼくはそのウサギのことをいっているのじゃない。もっとすごいやつがいやしないかと思う。それで、むこうへいったら、どんどん地面を掘りさげて、月の生物をさがしてみるつもりなのさ」
 ポコちゃんのきばつな話は、そのへんでやめてもらい、もう一つきいてみた。
「こんどの探検では大宇宙をとぶわけですが、航空中になんぎをするような所はありませんか」
「やっぱりいちばんくるしいのは、重力平衡圏じゅうりょくへいこうけんを通りぬけるときでしょうね。もしぼくたちの宇宙艇の力がたりなくなったり、エンジンが故障になると、宇宙艇は前へも後へも進むことができなくなり、永遠にその宇宙の墓場はかばにつながれてしまうでしょう。ぼくはしんぱいしています」
「なあに、だいじょうぶさ。故障さえおこらなければ、すうすうと通っちまうさ。今からしんぱいしてもしかたがない。そこへいって、いっしょうけんめいやればうまくいくよ」
「だがね、ポコちゃん。重力平衡圏というものはもっとおそろしい場所だと思うよ。北極や南極の近くには、氷山が、ぶかぶか浮いていて、船に衝突してしずめてしまように、あの重力平衡圏には、おそろしくでっかい宇宙塵うちゅうじんがごろごろしていて、ぼくたちの宇宙艇がそれにぶつかろうものなら、たちまちこなごなになってしまうと思うよ。だからそのへんを宇宙の墓場といってみんなおそれているんだ」
「なあに、そこへ近づいたら、ぼくがうまく宇宙艇を操縦して宇宙の墓場を安全に通してあげるよ。千ちゃん、きみみたいに前からしんぱいばかりしていたら、ますますきみの顔が青くなってヘチ……いや、ごほん、ごほん」
「なんだって。ヘチがどうしたって。その下にもう一字くっつけたいんだろう」
「マあいいや。ごほん、ごほん」
「あっ、とうとういったな、こいつ……」


   カモシカ号出発


 二人ののりこんだ宇宙艇カモシカ号は、ついに地球をけって、大空へ向けてとびあがった。
 時刻じこくは午前五時十五分。場所は東京新星空港だ。
 すばらしいカモシカ号の雄姿ゆうし
 流線型の頭をもった艇の主体。そのまんなかあたりから、長くうしろへむけてひろがっているこうもりのようなつばさが三枚。艇のぜんたいは螢光色けいこうしょくにぬられていて、目がさめるほどうつくしい。尾部びぶからと、翼端よくたんからと、黄いろをおびたガスが、滝のようにふきだし、うしろにきれいな縞目しまめの雲をひいている。そしてぐんぐん空高くまいあがっていく。
 そのカモシカ号の艇の内部をのぞいてみよう。
(テレビジョンじかけで、艇のもようは、たえず地上へ向けて放送されている)。
 艇のまるい頭部の中に、二つならんだ操縦席がある。右の席にはポコちゃんが、左の席には千ちゃんが腰をふかくうずめている。
 操縦席と計器盤と自動式操縦ボタンとが、鋼鉄製こうてつせいの大きなかごのようなものの中にとりつけられている。そのかごは、外側に二本の軸がとびだし、それがかごをとりまく大きいじょうぶなの軸受けあなへはいっている。その輪には、おなじような二本の軸がとびだし、かごの軸と九十度ちがった方角へでていて、それが外側にあるもう一つの大きなじょうぶな輪の軸受けあなへはいっている。そしていちばん外側の輪は、しっかりと艇のかべにとりつけられている。
 つまり、昔からあるらしんのとりつけかたとおなじである。そのとりつけかたをすると、船がどんなにかたむいても、らしん儀の表だけはちゃんと水平にたもたれるのだ。――カモシカ号の操縦者とともに、いつも重力の方向にじっとしていて、横にかたむいたり、さかさになったりしないようにたくみに設計されているのであった。
 だから宇宙艇カモシカ号がまっすぐに上昇しようと、水平方向にとぼうと、あるいはまた宙がえりをしようと、操縦席はいつも直立不動で、操縦席にいる人間は家の中でいすに腰をかけてじっとしているのと同じことであって、たいへんらくである。
 そのかわり宇宙艇の頭は、すきとおったあつい有機ガラスと、じょうぶな鋼鉄のわくとをくみあわせて、半球形はんきゅうけいになっていて、操縦席がどっちへむこうとも、いつでも艇の外が見られるようになっている。
 艇は、垂直すいちょくに上昇をつづけている。
 太陽の光りはあかるく円屋根まるやねの左の窓からさしこんでいる。
 高度は、今しがた七千メートルを高度計のめもりがしめした。
 下界げかいは、はばのひろい濃いみどり色のもうせんをしいたように見え、そのもうせんの両側にガラスのような色を見せているのは海にちがいない。まるで白い綿をちぎったような小さな雲のきれが、艇と下界のあいだに浮いて、じっと、うごかないように見える。
「千ちゃん、たいくつだね。下界のラジオでもかけようか」
「うん。どこか軽快な音楽をやっている局をつかまえてくれよ」
「ああ、さんせいだね」
 ポコちゃんが短波ラジオのダイヤルをぐるぐるまわしていると、アメリカのラジオ・シチーの明かるい放送がはいってきた。
 二人がそれにききいっているうちに、高度はどんどんあがっていく。そして空がだんだん暗さをます。
 やがて星がきらきらかがやきはじめる。
「ポコちゃん、いつのまにかほくたちは成層圏せいそうけんへたっしたよ。ほら、空が暗くなってまるで夕方になったようだ」
 千ちゃんが指をてんじょうの方へむけていう。が、ポコちゃん、へんじをしない。それもそのはず、ポコちゃんは音楽をききながらいい気もちになってねむってしまったのだ。
「おやおや、のんきな坊やだなあ」
 そういっているとき、へんなこえが頭の上にした。
「もしもしカモシカ号。もしもしカモシカ号……」
 あ、下界からの超短波の無線電話のよびだしだ。
「ああ、こちらはカモシカ号です。山ノ井万造です。あなたはどなたですか」
「おお、カモシカ号ですね。ぶじですか。みんなしんぱいしていたところです。こっちは東京放送局の中継室ですが……」
「ぼくたちは元気です。しんぱいはいらんです」
「でもね、さっきから――そうです、四十分ほど前からこっちへずっとカモシカ号からのテレビジョンがとまっているのです。だからカモシカ号は空中分解でもしたんじゃないかと、しんぱいしていたわけです。だから超短波の無電でちょっとよびだしをかけたんです」
「こっちからのテレビジョンがとまっていますって。それは知らなかった。そんなはずはないんですがね。念のためにちょっとしらべますから、待っていてください」
 千ちゃんはふしぎに思って、テレビジョンの空中線回路へ監視燈かんしとうをつっこんでみると、あかりがつかない。なるほど電流が通っていない。やっぱりそうだったんだ。故障の箇所かしょはどこだろうかと、千ちゃんは座席から立ちあがってはしごで下へおり、テレビジョン装置をしらべてみた。しかしアイコノスコープも発振器はっしんきもどこもわるくなさそうである。しかしテレビジョン電流はさっぱり出ないのだ。
 いよいよこれはへんである。千ちゃんはふたたびはしごをのぼって操縦席へもどってきた。このうえは、いい気持のポコちゃんをねむりからさまして、二人して故障箇所を早くさがそうと考え、となりの席で、ていねいに、おじぎをしたようなかっこうでいねむっているポコちゃんの肩へ手をかけようとしたとき、故障の原因がたちまちはっきりわかってしまった。
「なあんだ。ポコちゃんが、自分のおでこで、テレビジョンのボタン・スイッチをおして“テレビ休止きゅうし”にしているじゃないか。困った坊やだ。おいポコちゃん、ポコちゃん。そうしていちゃこまるじゃないか」
 と、千ちゃんはポコちゃんの肩をもって、自動式操縦ボタンのパネル(盤)からひきはなした。しかしポコちゃんは、まだ目がさめないで、座席に深くおちこんだようなかっこうで、むにゃむにゃ、ぐうぐうぐう。
 千ちゃんはあきれながら“テレビ動作”のボタンをおす。するとテレビジョンはすぐさま働きだした。
「ああ、もしもしカモシカ号。そっちから送っているテレビジョンが受かるようになりました。ありがとう、ありがとう」
 下界の放送局のこえである。
「いや、どういたしまして。ぼくの顔が見えていますか」
「ああ、よく見えます。笑いましたね、いま。あなたは山ノ井君ですね」
「そうです、山ノ井です」
「もう一人の川上一郎君は健在けんざいですか」
「はあ、健在です」
「では、川上君にちょっとテレビへ出てもらって、何かしゃべってもらってくれませんか」
「はいはい。しょうちしました」
 千ちゃんはそうこたえて、テレビジョンの送影口そうえいぐちをポコちゃんの方へむけて大うつしにして、
「おいおい、ポコちゃん。放送局のおじさんが、君になにかしゃべれってさ」
 と、肩をゆすぶって起しにかかる。
「……うん、むにゃむにゃむにゃ……。もうおイモはたくさんだよ。ナンキンマメがいい。あ、そのナンキンマメ、まってくれ。むにゃむにゃ……」
 と、ポコちゃんは、ねごとをいう。
「はははは、これはゆかいだ」
 と、放送局のアナウンサーは笑って、
「では、もう時間がきましたから、このへんでさよならします。次の連絡時間は十時かっきりということにねがいます。エヌ・エィチ・ケー」


   飛ぶ火の玉


 ポコちゃんがしぜんに、ねむりからさめたときには、艇の外はもうまっくらであった。
「あっ、あああーッ。いい気もちでねむった。――おやおや、もう日がくれたぞ。早いものだ。さっき朝だと思ったのに……」
 そういうポコちゃんの横の席では、千ちゃんがしきりに日記をつけている。
「あ、千ちゃんがいたよ」
 と、ポコちゃんはつまらないことを感心して、
「千ちゃん、今何時だい」
「今、十時三十分だ」
「十時三十分? 午後十時半かい」
「ちがうよ。午前十時三十分だよ」
「へんだね、それは……だって、外はまっくらで、星がきらきらかがやいているぜ。ま夜中の景色だよ、これは……」
「おい、しっかりしてくれ、ポコ君、いつまでねぼけているんだよ」
「ねぼけているって、このぼくがかい。ぼくがどうしてねぼけるもんか。千ちゃんこそねぼけているぞ。ぼくはねぼけてなぞいないから、たとえば、この高度計でもさ、はっきり読めるんだ。……おやおやおや」
 ポコちゃんは目をこすったり高度計のガラスぶたをなでたり。
「へえ、ほんとうかなあ、高度二万五千メートルだって……。すると成層圏のまん中あたりの高度だ……。そのあたりなら、大気がうすくて、水蒸気もないし、ごみもないから、太陽の光線が乱反射らんはんしゃしない。それで昼間でも成層圏の中は暗い。ことに高度二万三千メートル以上となれば空は黒灰色こくかいしょくにみえるのである……と、“宇宙地理学”の教科書に書いてあったが、ははん、なるほどだ……」
 ねぼけていたとはいえ、もう夜中だ、などとばかなことをいったものだ。千ちゃんはそれに気がついたかなあ――と、ポコちゃんは、タヌキのやぶにらみという、みょうな目つきをして、となりの席の千ちゃんの方をうかがった。すると千ちゃんはまっすぐ顔をポコちゃんの方へ向けてにやにや笑っていた。
「あははは」
「わっはっはっはっ」
 二人は笑いあった。それぞれちがった笑いの原因によって笑った。
 カモシカ号の速度はかねて計算しておいたとおり、しだいにはやくなっていった。
 地上からいきなり早い速度で飛びだすことはきけんである。のっている人間は気がとおくなったり、ひどければ死ぬであろう。
 しかし地上を出るときは、わりあいゆっくりした速度でとびだし、それからだんだん速度をたかめていくと、のっている人間にはきけんをおよぼさないで、かなりたかい速度にすることができる。つまり人間のからだにこたえるのは、速度そのものではなく、速度のかわりかた――つまり加速度が、あるあたい以上になると、きけんをおこすのである。
 着陸のときにも同じことであるが、着陸の場合は、速度のへりかたが問題になる。
 なにしろカモシカ号としては、二カ月間に地球と月の間を往復し、そして月の世界を見物する日数も、この中にみこんでおかねばならないので、たいへん日がきゅうくつだ。したがって、地球と月の距離四千二百万キロメートルの往復を二十日ぐらいでやってしまいたい。そのためには、宇宙艇カモシカ号は、すくなくとも時速二十四五万キロメートルの、最大速度トップ・スピードをださねばならない。
 ガソリンのエンジンや、火薬利用のロケットを使ったのでは、今まではとてもこんなすごい速度はだせないが、原子力エンジンの完成された今日では、これだけの最大速度をだすことはよういである。人間が原子力を利用することができるようになったおかげで、それまでは、全く不可能とされていた、北氷洋とインド洋をつなぐ、大運河工事もできるようになり、また、土佐沖海底都とさおきかいていとのような大土木工事が成功し、それから地球外の宇宙旅行さえどんどんやれるようになったのだ。すばらしい原子力時代ではないか。じっさい二少年は、らくな気もちで、こうして宇宙を飛んでいるのだ。
 地上からはかった高度五万五千メートルあたりが、成層圏のおわりである。
 そこを通りこすと、大気はいよいようすくなって、地上の大気の四千分の一ぐらいとなる。もちろん艇の中では、たえず酸素をだす一方、空気をきれいにし、炭酸ガスをとっている。艇は気密室で、空気が外にもれないようにつくってあるが、このあたりまでくると、外の大気圧たいきあつが低いからどこからともなく艇内の空気が外へぬけだす。だから艇中で酸素などをたえずおぎなってやらなければならない。
 ガンガンガーン。
 ガガーン、ガガガガン。
 とつぜん、どえらい音をたてて、艇がゆれた。
 音がしたのは、操縦席よりずっと後方にあたる艇の胴中へんと思われる。
「何だろう、千ちゃん」
 ポコちゃんは、小さい目をせいいっぱいひろげて、千ちゃんの腕をつかんだ。
「さあ、何だろう」
 千ちゃんにも、けんとうがつかない。
 が、音もしんどうもそのままおさまったし、計器盤を見わたしても、べつに異常はなさそうである。
 ガンガンガーン。
 ガガーン、ガガガガン。
 とつぜん、またもやひどい音がして、艇がきみわるくふるえた。
「あっ、また起った」
「へんだね、どうも」
「気もちがわるいね。きっとこのカモシカ号は空中分解するんだよ。ちと早すぎらあ」
「……」
 千ちゃんはポコちゃんにはこたえず、顔を前へつきだして、ガラス窓ごしに外をすかして見ていたが、このとき、さっと顔をかたくすると、
「ポコちゃん、あれを見ろ。外を見るんだ」
 とさけんで右手で外を指さしたが、その手をただちにパネルへもどして、操縦席にあかあかとついていた電燈を消した。
 たちまち二人のまわりはまっくら。
 千ちゃんはなぜ電燈を消したのだろうと思いながら、ポコちゃんは艇外へ目をやった。
 外はすみをぼかしたようなまっくらな空。銀河が美しい。
 と、とつぜん、上の方からすぐ目の前におりてきた大きな赤い火の玉!
 みるみるうちにその火の玉は、まぶしいばかりにもえあがって下界の方へ。
 ガガガンの音はそのとき起った。
「何だろうね、今のは……」
 ポコちゃんは、青くなってさけんだ。
「いん石がもえながら飛んでいるんだ」
 くらやみの中に千ちゃんのこえがひびいた。


   危機脱出


「へえっ、あれが、いん石かい。すごいなあ」
 あまりものにおどろいたことのないポコちゃん川上少年も、艇外をひゅうひゅうととびかう鬼火のような、いん石群には、すっかりきもっ玉をうばわれた形であった。
 そのとき操縦当番の千ちゃん山ノ井少年は、ポコちゃんに答えようともせず、前のテレビジョンの映写幕面をにらみながら、汗をながして操縦かんをあやつっている。
「しかし、きれいなもんだなあ。両国りょうごく川開かわびらきで大花火を見るよりはもっとすごいや。あっ、また一発、どすんとぶつかったな。いたい!」
 ポコちゃんは金属わくにいやというほど頭をぶっつけた。それっきり、かれはおしゃべりをやめた。それはしゃべっているさいちゅうにどすんときて、じぶんの舌をかみそうで、心配になったからだ。
 艇内はしばらくしずまりかえっていた。ただ聞えるのは、艇の後部ではたらいている原子力エンジンの爆発音の、にぶいひびきだけだった。
 そういう状態が十五分ほどつづいたあとで、山ノ井はスイッチを自動操縦の方へ切りかえて、操縦かんから手をはなした。そしてほっと大きな息をついて、となりの川上の方へ顔を向けた。
「ポコちゃん。ようやく流星群りゅうせいぐんを通りぬけたらしい。もう、だいじょうぶだろう」
「だいじょうぶかい。いん石があんな大きな火のかたまりだとは思わなかった。こわかったねえ」
「まったくこわかった。下界から空を見上げたところでは、流星なんか大したものに見えないけれど、今みたいにすぐそばを通られると、急行列車が五六本、一度にこちらへとんでくるような気がして、ひやっとしたよ」
 そういっている山ノ井のひたいから、汗のつぶがぼたぼたと流れおちた。
 原子力エンジンは、この宇宙艇で地球から月の世界をらくにおうふくさせてくれる。それがわかっていたから、二少年はカモシカ号に乗って地上をとびだしたわけである。しかしそれはかるはずみであったと、今になって気がついた。やはり本職の宇宙旅行案内人をやとっていっしょにこのカモシカ号に乗組んでもらうのがよかった。二少年のたのみのつなは、ある雑誌の増刊ぞうかんで、「月世界探検案内特別号」という本が一冊あるきりだった。
 その本によると――地上からの高度六十キロメートルから百三十キロメートルの間の空間において、いん石は空気とすれあって火をだしてとぶ、これすなわち流星である――と、かんたんに書いてあるだけだった。その流星の中には宇宙艇に命中して艇をこなごなにするような大きなものがあることや、それがとんで来たときにどうして艇を安全にすることができるか、などということはちっとも書いてなかった。
 だからここまで来たのはいいが、二少年はたいへん心ぼそくなってしまった。山ノ井の方はとくに心配をはじめた。
「やあ、あれは何だろう。大きな山が光ってみえるぜ、おい千ちゃん、あれを見な」
 川上が急に大きな声をだして、横の、のぞき窓に顔をおしつけて、わめきたてる。
 山ノ井は、はっとした。大きな山が光ってみえる。もしそれが大いん石であって、それに正面からぶつかられると、もうおしまいだ。かれは席からのびあがって、川上がのぞいているとなりに顔をおしつけて、外のようすをうかがった。
 うるしを流したようにまっ黒い大空。きらきらとダイヤモンドのように無数の星がきらめいている。ことに大銀河のうつくしさは、目もさめるようだ。その銀河が橋をかけているしたに、川上がさわぎたてる大きな光りの山があった。それは五色の光りのアルプスとでもいいたい。空中の博覧会の大イルミネーションだ。目をすえて見るとその五色の山脈はすこしずつ動いている。
「ああ、きれいだなあ」
 山ノ井は思わず嘆声たんせいをはなった。
「千ちゃん。きれいだなどと、見とれていていいのかい。あれは何だい。原子力のたつまきじゃあないのかい」
 原子力のたつまきなんて、そんなものがあるかどうか知らないが、川上はそういうものがあったらさぞおそろしかろうと思って、そういったのだ。
「ちがうよ、ポコちゃん。あれはオーロラだ。極光きょっこうともいうあれだ。そして山形をしているから、あれは弧状こじょうオーロラだよ」
「オーロラ? ははあ、なるほどオーロラだ」
 川上は、本に出ていた三色ばん写真のオーロラを思いだした。
「あそこがちょうど北極のま上にあたるんだ。地上からの高度はいくらだったかな」
 山ノ井が、れいの増刊のページをぺらぺらとくって、オーロラの説明の出ているところをだした。
「書いてある。――弧状オーロラは高度百二十キロないし百八十キロの空間に発生する。また幕状まくじょうオーロラは、さらに高き場所に発生し、その高度は三百キロないし四百キロである――とさ」
「ふうん。ぼくたちはとうとうオーロラの国まで来たんだね。ゆかいだねえ」

   しんぼうくらべ

 オーロラの国も、いつしか通りぬけて、宇宙旅行の沿道のながめは、いよいよ単調で、たいくつなものとなってきた。
 なぜなら、空はどこまでいっても、うるしをとかしたようにまっ黒で、その黒い幕のところどころに針でついたような穴があって、それがきらきらと光っている大小無数の星である――という風景が、いつまでたってもつづくのであった。なんのことはない、無限にながく夜がつづいているようなものだ。
 ただ、ふつうの夜には見られないものが二つあった。
 その一つは、まっくらな大空に、よくみがいた丸鏡まるかがみのような太陽がしずかに動いていくことだ。それはふしぎなものだった。ぎらぎらとかがやいている太陽にはかわりがないんだが、しかしあたりはまっくらな夜の世界だ。なぜ太陽はあたりの空を明るくしないのであろうか。いきおいのおとろえた太陽。急に年をとったように見える太陽だった。
 しかしこれは、「月世界探険案内」に説明が出ていた。地上で仰ぐ太陽があたりの空をすっかり明るくしているのは、空中にあるちりや水蒸気の粒などが太陽の光線を乱反射させるためである。ところが空高くのぼれば、ちりはなくなるし、水蒸気はもちろんなくなり、太陽の光線は一直線にすすむだけで、何にもぶつかるものがない。だからもちろん乱反射は起らない。したがって、もえている太陽はぎらぎらかがやいても、あたりは明るくないのだという。
 いくら太陽がえらくても、ちりや水蒸気がなければ、空がまひるの明るさにかがやかないのだ。そうしてみると、ちりとか水蒸気は、大した魔術師だわい――とポコちゃんは感心してしまった。
「だけれど、なんというあわれなお日さまだろう」
 と、ポコちゃんは、窓の外に仰ぐ太陽にたいへん同情をした。
 もうひとつのかわった風景は、どんどん後へはなれていくわが地球が、とうとうすっかりたまの形に見えるようになったことである。
 その地球の大きさを、どういいあらわしたらいいだろうか。大きな丸いテントを張って、それをすぐそばに建っているとうの窓から身をのりだして見たようだとでもいうか、家の二階までがすっぽりはいる大きな雪の玉をこしらえて、そのそばにしゃがんで見上げたようだというか、とにかく大きな球の形に見え、それが太陽の光をうけて明かるくかがやいて見えるのだった。
 海と陸との区別がつくことはつくが、それはあまりはっきりしない。陸の色は黄色っぽい緑であるし、海はうす青であった。しかしよく見ているとあそこが太平洋だな、こっちがアジアで、あっちがアメリカだなとわかった。この大きな球である地球が、きれぎれの雲につつまれているところは、なんだかおそろしい気がしたし、またその大きい地球が、ささえるものもないのに落ちもしないのが、ふしぎであり、あぶなっかしく思われて、山ノ井も、川上も、ながく地球を見ていることができなかった。
 二人が目ざす月の方は、こうしてかなり近づいたのにもかかわらず、海から出た満月ぐらいの大きさになっただけだった。月の世界につくには、まだなかなかである。
 こうして、しんぼうくらべのような日が、いく日もつづいた。
 地球からのラジオが、いちばんたのしいものであったが、それもだんだんと音がよわくなってきたし、局の数もへった。こっちのカモシカ号から地球へ送る無線通信もだんだんうまくいかなくなって、やがてモールス符号のほかは、地球へとどかなくなってしまった。それでも地球からは、かすかながらも無線電話がカモシカ号のアンテナにとどいた。しかしそれは、とくに大切な連絡のために使われるだけであって、一日のうちに五分ずつ、たった三回にすぎなかった。
 しかしその五分間の無線電話によって、カモシカ号のことが、内地でたいへん人気があることもわかってうれしかった。また、金星探険団のマロン博士一行の乗っているロケットが針路をあやまって大まわりをしたために、いまだに金星につかないで、金星のあとを追いかけて太陽のまわりをぐるぐるまわっているが、このちょうしではもう地球へもどれず、博士一行は宇宙で遭難し白骨はっこつになるのではないか、と心配されている、といういやな報道もあった。
 このカモシカ号が、マロン博士一行みたいな運命におちいってはたいへんである。二少年は、たいくつの心をふるいおこして、一所けんめい艇のエンジンのちょうしをしらべ、そのほか艇が持っているいろいろな装置をしらべて、故障のおこらないようにつとめた。
 艇は気密室きみつしつになっていた。気密室とは、空気がもれない部屋のことをいうのだ。もしこの気密がわるくなり、艇内の空気が外へもれはじめると、二少年は呼吸ができなくて死んでしまわなければならない。だから艇が気密になっているかどうかを、念入ねんいりにしらべる必要があった。
 いよいよ地球から遠くはなれて月に近くなった結果、重力がうんとった。するとからだはかるくなるし、鉛筆などをほおりあげても、いつまでも上でふわふわしていて、なかなか下へおちてこないというわけで、まるで魔術師になったようでおもしろい。
 だが、机の上においた本が、いつの間にやら宙へうかんでいたり、たべようと思ってパイナップルのかんづめをあけると、たちまち中から輪切わぎりになったパイナップルや、おつゆがとびだしてきて、宙をにげまわるなどと、いうこともあって、なかなかてこずる。本や、かんづめはまだいいが、エンジンのちょうしがくるったり、燃料が下からたつまきみたいになって操縦席までのぼってきたり、どの部屋もごったがえしの油だらけになる。これでは困るから、人工重力装置を働かせて、この艇内の尾部びぶの方に向けて、万有引力と同じくらいの人工重力が物をひっぱるようにする。この人工重力装置が働いているあいだは、机の上の本も机の上からにげださないし、輪切りのパイナップルも、ふたのないかんの中におとなしくおさまっている。
 急行列車で地上を走ったり、飛行機で太平洋横断の旅行をするのとはちがい、宇宙旅行をするにはこのようにかってのちがったことがいくつもあって、たいへんやっかいであるが、そこがまた、たいへんおもしろいところでもある。


   宇宙の墓場はかば


「おいポコちゃん。いよいよきたぞ、宇宙の墓場へ。このへんは、もう宇宙の墓場なんだぜ」
 山ノ井は、となりの席でもう三時間もぐうぐうねむりつづけている川上を起した。
「うううーん。ああ、ねむいねむい。なんだ、もう食事の時間か」
「あきれた坊やだね。宇宙の墓場だよ」
「シチュウがはかまをはいたって。そいつはたべられないや、口の中でごわごわして……。ああ、ああっ。腹がへった」
 ポコちゃんは目がさめると、おなかがすいたとさわぎだすくせがあった。山ノ井の千ちゃんは、あきれてしまって、とちゅうからもうだまっていることにして、しきりに暗視あんしテレビジョンのちょうしをかえながら艇外へするどい注意力をあつめている。
 ああ、宇宙の墓場。
 そこは重力平衡圏じゅうりょくへいこうけんというのが、ほんとうであろう。つまり地球からの引力と月からの引力がちょうどつりあっていて、引力がまったくないように感ぜられる場所なのだ。そこは、もちろん地球と月の中間にある。そこから月までの距離を一とすると、そこから地球までの距離は九ぐらいになる。だから月にたいへん近い。
 この重力平衡圏は地球と月との間に、かべのように立っているのだ。しかしそれはたいらなかべではなく、まがっている。
 そこへ流れこんだ物は、宙ぶらりんになってしまって、地球の方へも落ちなければ月の方へも落ちない。そしていつまでも宙ぶらりんの状態がつづく。だから宇宙の墓場といわれる。
 それに、大昔からこの重力平衡圏へ流れこんで、宙ぶらりんになっている物が少なくないのである。だからいよいよそれは宇宙の墓場らしく見えてくるのであった。山ノ井は、どんなものが宙ぶらりんになっているかと、目をさらのようにしてテレビの幕面まくめんをのぞいている。
 すると、一つだけ、見えた。
「なんだろう、あそこにある細長いものは……。いん石にしては長すぎるし、それにいやに形がいいし、へんだなあ」
 山ノ井がひとりごとをいったのを、川上のポコちゃんが聞きつけて、なんだ、なんだとそばへよってきた。
「へえっ、とうとう宇宙の墓場へやってきたのかい。それはたいへんだ」
 ポコちゃんは、小さい目を鉛筆のおしりのように丸くしておどろいた。
「えッ。そして何が見えるって。何が見えているんだろうと、いうのかい。きまっているよ、それはゆうれいだよ」
「なに、ゆうれい?」
「そうさ、ゆうれいにちがいないよ。だって墓場から出てくるのはゆうれいにきまっているじゃないか」
「あんなことをいっているよ。あんなゆうれいがあるものか。よく見てごらんよ」
 千ちゃんにいわれて、ポコちゃんがよく見ると、なるほどゆうれいにしてはどうも形がへんである。だいぶん近づいたので、よく見えるようになったが、胴のところに四角な窓がある。ポコちゃんは首をひねった。
「なるほど、四角な窓がついているゆうれいなんて、へんだね。……ああっ、そうか。おい千ちゃん、たいへんだよ。あれはだれかの宇宙艇だよ。遭難したらしいね。早く助けてやらなくては……」
 ほんとうだった。それは宇宙旅行中に遭難した宇宙艇にちがいなかった。近づくにしたがって、その宇宙艇の胴にかいてある「新コロンブス号――アルゼンチン」という艇の名前が読みとれた。
「ああ、新コロンブス号じゃないか。今から三年前にアルゼンチンの探険家ロゴス氏が乗ってとびだした新コロンブス号じゃないか」
「ああ、そうか。ふうん、すると三年前から、あのとおりお墓になってしまったんだよ。乗組員はどうしたろう。千ちゃん、すこしスピードをゆるめて、そばへいってやろうじゃないか」
「うん、そうしよう。しかしちょっと危険だぞ。うっかりするとこっちも墓場の仲間入りをするおそれがある」
 カモシカ号は、いくらか速度をゆるめ、新コロンブス号の方へ近づいていった。
 すると、望遠テレビで、しきりに焦点を新コロンブス号に合わせていた川上が、「あっ」とさけんで、あおくなった。
「どうした、ポコちゃん」
「た、たいへんだ。新コロンブス号はがい骨に占領されているよ。あの窓をよく見てごらんよ。どの窓にも、がい骨がすずなりになって、こっちを見ているよ」
「えっ、そうか。気持のわるいことだなあ」
 山ノ井も望遠テレビをのぞきこんだ。かれは首すじがぞっと寒くなるのをおぼえた。
 すずなりのがい骨! それはみんな乗組員のなきがらにちがいなかった。なんという気のどくなことであろう。宇宙探険の先駆者せんくしゃのはらった、とおといぎせいである。
「敬礼をしよう」
「ロゴスさん、ばんざい」
 そのとき二人の少年は、ほとんど同時に、難破した新コロンブス号の一つの窓に何か字をしたためてある一枚の紙がはりついているのを発見した。そしてそのうしろに、りっぱな艇長の服をきているがい骨が立っていて、
「お前たち、早くこれを読めよ」といっているようであった。どうやらそれはロゴス氏のがい骨らしい。
 がい骨がまもっているその一枚の紙にはたしてどんなことが書いてあったろうか。


   がいこつの警告


 がいこつ艇長が、こっちを向いて、紙に書いたものを「ぜひ、これを読め」というように、こっちへ見せているのだ。
 山ノ井も川上も艇長服を着たがいこつには、びっくりして顔色をかえたが、わけのありそうながいこつ艇長のようすに、こわいのをがまんして、紙きれに書いてある文句をひろって読んだ。
 それは、つぎのような文章であった。
――ここは宇宙の墓場だ。けっして乗物のエンジンをとめるな。エンジンが動かなくなるとわが新コロンブス号と同じ運命になろう。それからもう一つ、時々ここをつきぬける、すい星があるから注意せよ。
新コロンブス号艇長ロゴス――

青空文庫の奥付



底本:「海野十三全集 第11巻 四次元漂流」三一書房
   1988(昭和63)年12月15日第1版第1刷発行
初出:「少年クラブ」
   1947(昭和22)年4月~10月
※「探険」と「探検」の混在は、底本通りにしました。
※「探険家はだれかというと、」と「千ちゃんとよばれているが、」の「、」は、底本では、「,」となっています。
入力:tatsuki
校正:浅原庸子
2003年9月5日作成
2005年10月19日修正
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